第42話 命懸けの刑事ごっこ-①

 ――寄宿舎の最上階の踊り場から逃げ出した後


 怜奈れな芽伊めいは全力で内階段を駆け下り、開け放たれた正面玄関から屋外へ!


 近くの校舎へ飛び込み、ウサギの着ぐるみが追ってきても良いように物陰で息を潜めた。

 元々、電気はついておらず、視線が届かなければ問題ない。


 血相を変えた春花はるかが陸上部のようなフォームで、飛び出してきた。

 思わず名前を呼ぼうとするも、その後ろからウサギの着ぐるみ。


 自分の口に両手を当てた怜奈は、気づかれないよう、しゃがみ込んだ。



 まだハンディカメラを回し続けている芽伊を見て、呆れる。


(すごい根性ね。……で、どうする? あいつは、春花を追っていったようだけど)


 ささやいた怜奈は、暗い内廊下の先を見る。


 案内板に近づき、手で汚れをとれば……ここは中等部と初等部が利用している校舎だと分かった。


 怜奈は、自問自答を始める。


(うーん……。もう取れ高と言っていられないし……。警察がウサギの着ぐるみを始末した後で、私たちも保護してもらお――)


「おやあ? ここは、立ち入り禁止だと思ったのですが……」


 場違いにのんびりした、男の声。


 ビクッとした女子大生2人が恐る恐る、そちらを見れば――


 そこには、腹が出ている、初老の男。


 白髪で眼光は鋭いものの、笑顔だ。


 上着を脱いだ、スーツ姿。

 そこだけを見れば、街にいる、仕事帰りのサラリーマンと同じ。


 だが、肩からサブマシンガンを吊っていて、すぐに構えられるよう、片手を添えたまま。

 マガジンポーチがついているタクティカルベストも、上着代わりに。


 よく見れば、太ももの横にも、拳銃のグリップが見えているホルスター。

 左右で2つある。


 思わず立ち上がった怜奈が、不審人物に尋ねる。


「オッサン、誰!? ……それ、本物?」


 牽制けんせいしながらも、同じく立ち上がった芽伊に、目配せをした。


 いざとなれば、こいつが銃を持っていても逃げるしかない……。



 誰何すいかされたオッサンは、後頭部をかいた。


「ハハハ……。これは、参りましたな! 私、あまり本職に見られないのですが。こういう時は、不便なものです」


 三丁も銃があるのに、世間話をしているような気楽さだ。


 毒気を抜かれた怜奈は、ふうーっと息を吐いた。

 らちが明かないため、ストレートに質問する。


「それで、オッサンは、何やってんの? ……え゛」


 完全武装をした老人は、流れるように取り出した手帳を開き、女子大生2人に見せた。


 そこには、制服を着た顔写真と……。


「――署の刑事課にいる、加藤かとうです」


 下半分には、刑事ドラマでお馴染みの金色バッチ。

 つまり、警察手帳だ。


 ハンディカメラを構えたままの芽伊は、ホッとする。


「何だ……。良かったね、怜奈! これで――」

「今まで、警察手帳を見たことがないの……。それ、本物?」


 怜奈は、まだ警戒している。


 この老人が警察官とは思えないほど、銃を持っているから。



 加藤源二げんじは、開いていた警察手帳を仕舞う。


「あー! そう言われたら、弱いですな……。普段なら、『どうぞ署に問い合わせてください』と返すのですが」


 怜奈を見ながら、ぶっちゃける。


「実は……私も勝手に入ってきたので! 成果なしで帰ると、ヤバいのですよ! ハッハッハッ!」


 呆れた怜奈は、ドッと疲れを感じた。


「要するに……手柄が欲しくて、上の命令を無視したの?」

「まあ、そんな感じです! はい!」


 芽伊はハンディカメラを構えたまま、尋ねる。


「あの! ……その銃は? 私がテレビで見たタイプとは違う気が」


 そちらを見た源二は、にこやかに説明する。


「制服を着ている警官と私のような刑事は、基本的にリボルバーです。これは……前に突入した退特たいとく……ああ、退魔特務部隊のことね! が持っていた装備で、緊急時のため、拝借しています」


「前に突入した?」


 オウム返しの怜奈に、詳しく説明する。


「ええ……。あなた方も、ここに化け物がいると実感したでしょう? 残念ながら、ウチの退特は、ほぼ全員が帰ってきませんでした……。せめて、ここを制圧することで無念を晴らしてやりたいですね」


「そう……なんだ」


 罪悪感を覚えたのか、怜奈はショボンとした。


 ここで、源二が提案する。


「ところで、お嬢さん方! 1つ、取引をしませんか?」


「……何?」


 再び警戒した怜奈に、源二は両手を振る。


「いえいえ。たいしたことでは……。私は、単身で突っ込みました。ウチの特殊部隊が全滅した場所だから、常に銃を握っている必要があります。そこで――」

「私たちに、記録係をやれと?」


 首肯した源二は、笑顔だ。


「はい! それで、ウチに保護された後にも『捜査に協力をした』という形で、何とか……。あなた達も、不法侵入をしたで捕まりたくないでしょう?」


 悪くない話だ。


 怜奈と芽伊は顔を見合わせるも、選択の余地はなかった。

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