第101話 裏で何があったのか?(前編)

 悠月ゆづき史堂しどうは、『川奈野かわなのまどか』に視線を戻した。


「嫌なら、止めておくけど?」


 そう言われた『まどか』は、悩み始めた。


 おそらく、一連の出来事について。


 断れば、彼はもう話題にしない。

 やっぱり教えてください! と言うのは、失礼すぎる。


 『瀬本せもとゆい』は同じ事務所で、一緒に仕事をしている間柄だ。


 彼女の仕込み、という可能性もあるが、気になったままでは――


室矢むろやさんと槇島まきしまさんが同席してくれるのなら……」


「分かった! その2人に、メッセを送ってみるよ」



 ――紫苑しおん学園の空き部屋


 通信制クラスの出席は、任意だ。

 他の生徒たちは、授業中。


 邪魔が入らない空間で、お昼休みのように集めた机に関係者がいる。


 少しでも和ませるために、買ってきたスナック、ジュースを並べた。



 司会役の悠月史堂が、口火を切る。


「んじゃ、始めるぞ? 議題は、『川奈野さんが俺とのデートをスクープされた』ということ。俺たちがそれぞれ、どの立場だったのか? を明確にしたい」


「はい」

「ええ、いいわ……」


「始めてください」

「うん」


 呼吸を整えた史堂は、簡潔に述べる。


「親に頼み、『川奈野さんを紫苑学園へ転校させつつ、同時に火消し』という行動をさせた。偉い人を動かしたわけで、もう大変!」


 居たたまれなくなった『まどか』は、座ったままで、頭を下げた。


「お世話になりました! このお礼は、少しずつでも――」

「なあ、川奈野?」


 冷静な口調で呼びかけられ、まどかは我に返った。


 それに対し、史堂は淡々と説明する。


「お前は、大切な友人だ……。でもな? 足りないんだよ」


「な、何が?」


 反射的に、まどかが尋ねた。


 真剣な史堂は、きっぱりと告げる。


「ウチがこれだけ動くには、俺のお願いだけでは……足りない」


「え? で、でも……」


 理解できない『まどか』は言葉を失ったまま、説明を求める。


 ため息を吐いた史堂が、見つめ返す。


「お前は……俺の婚約者じゃないし、彼女でもない。仕事の付き合いで、そのまま遊びに行くってだけだ! こういう表現は好きじゃないが、ウチでは『これぐらいのトラブルも解決できない』という評価だ。……納得していないけどな? だが、自分の将来を削ってでも助けてやる気はなかったよ」


「う……あ……」


 その宣言で、まどかは冷水を浴びた気分に。


 ガタガタと震え出す。


 室矢カレナが、すかさずフォローする。


「史堂! 話すのなら、早く全体を!」


「あ、ああ……。悪い、カレナ……」


 応じた史堂は、『瀬本ゆい』を見る。


 首肯した彼女が、まどかに向き直った。


「社長に頼んで、悠月家を動かしたの! 私でも悠月くんの実家に言えず、それに見合う人に仲介してもらった」


 呆然とした『まどか』は、やがて真顔に。


 震える声で、叫ぶ。


「楽しいですか!? これだけ、私を滅茶苦茶にして! あなたは――」

「1つ、いい?」


 槇島皐月さつきが、割り込んだ。


 全員が、彼女に注目する。


「どうして、社長に相談しなかったの?」


 まどかは、答えにきゅうした。


「何でって……。あの人は、瀬本さんが言うことを信じるだろうし……」


「あのさ? まどかは社長の命令で、史堂の据え膳になったんでしょ? ……これだけ話が大きくなったから、隠し事はなし!」


 いきなりバラされた『まどか』は、顔を真っ赤にしたまま、睨む。


 けれど、皐月は怯まない。


「社長の命令に従って、この騒ぎ……。ボクなら、社長に泣きつくよ? ゆいが仕掛けたスクープにせよ、その芸能プロの専属タレントで、今は売れているのだから」


「う……」


 その通りで、『まどか』は言い返せない。


 皐月はポテチを食いながら、突っ込む。


「それにさ? ユニットを組んでいるボクらは? 何も相談されていないけど」


「巻き込んだら、悪いと――」

「一緒に仕事をしている時点で、無関係じゃないよ?」


 その切り返しで、まどかは黙り込んだ。


 優しい雰囲気になった皐月が、ズバリ指摘する。


「同じ女子高生じゃ、頼りにならない……。そう思った? ……別に、いいよ! ただ、相談してくれれば、一緒に考えたかもね?」


 カレナは、スマホを取り出した。


「ここまできたら、桔梗ききょうも呼びましょう! まどかが、これ以上の疑心暗鬼にならないように」



 電話をすれば、5分も経たずに、綾小路あやのこうじ桔梗が入ってきた。


 ディアーリマ芸能プロダクションの社長で、『まどか』と『ゆい』の雇用主でもある。


 正確には社員ではなく、マネジメントを委託された関係だが……。



 思わずかしこまる一同だが、カレナはあっさりと教える。


「例のファンはまだ泳がせていますが、すでに掌握済み! 今は、他に悟られたくありません」


「承知しました。ありがとうございます!」


 お辞儀をした桔梗は、自分で椅子を運び、近くに座る。


 場を仕切っているカレナは、全員を見回した。


「これで、関係者が揃いました! まどかは嫌かもしれませんが、ここで、ゆいの話を聞きましょう! そもそも、彼女が何を考え、行動していたのかが重要です」


 ゆいは、うなずいた。


「私に……川奈野さんを苦しめる気はなかったの。彼女を高級料亭に招待した時、もうスクープ写真を撮られていた。記事にされるのを防ぐためには、違うネタを提供するか、自分たちで買い取るかの二択……。だから、私は『自分が悠月くんの恋人だ』と知らせて、そちらの記事に差し替えさせるつもりだったわけ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る