第144話 またね!

 避暑地にある、洋風のペンション。

 連休には家族連れや団体客が来そうな雰囲気で、室矢むろやカレナと槇島まきしま睦月むつきの2人がバーベキュー。


 山間部で、空気が美味しい。

 天気も良く、周りは静かだ。

 ジュー! という焼ける音がBGM。


 裏庭のグリルで加熱されているのは、美須坂みすざかの商店街で大人買いした食材やカレナによる畑で収穫した作物、あるいは湖の釣果だ。


 常識に囚われない、カレナが作り上げた楽園。

 その気になれば、自給自足も可能。


 睦月は食べながら、カレナの話を聞いた。


「ふーん! 大変だったね……」


 わりと日本終了のピンチだったが、睦月の感想はこれだけ。

 たぶん、ファーストフードの新商品を見ても同じだろう。

 この辛さ! 刺激的だな?


重遠しげとおは、また邪神をやっつけたんだ?」


「はい……。私はアイドルフェスに参加したから、見ていませんけど」

「楽しかった?」


 首をひねったカレナは、苦笑い。


「そうですね! 注目を浴びることに興味はなく、まどかの為でした」

「……本人とは?」


 卓上のスマホを見た後で、再び置く。


「しばらくメッセージが届きましたが……。現役の女子高生は忙しいようで」


 次の焼けた食材を漁っている睦月が、声だけで応じる。


「あー! そんなものか……。依存されるよりは、いいんじゃない?」

「ですね」


 ウッドデッキの洋風テーブルに戻ってきた睦月。


 彼女を見たカレナが、問いかける。


「そちらは?」


「別に……。美須坂みすざか町は良くも悪くも、ド田舎だよ! 駐在所にやってきた一吾郎いちごろうの後任が、ああだこうだで揚げ足を取られている」


 嘆息したカレナは、呆れる。


「新参者だから……」


「地元で勝手をされないよう、格付けをしている感じ! 僕らには関係ない」


 ピンポーン!


 裏庭にまで、響いた。


 視線で訴える睦月に、カレナが首肯する。


優希ゆきたちです。今度は、大丈夫ですよ?」




 男女の高校生が、野外バーベキューに加わった。


「うおー! この湖、何でも釣れるぞ!?」

「本当に、どうなっているんだ?」


 海の生き物が釣れる小さな湖に驚く男子たち。


「はい、とおるくん! 飲み物もあるよ!」

「……ありがとう」


 もう1組の男女も、同じように会話。


拓磨たくまは、野菜だけで良かった?」

「ふざけんな! どうして、肉を入れないんだよ!?」


 文句を言いながらも、取り分けられた小皿を受け取る。


 2人の様子を見る限り、彼らのコミュニケーションだろう。


「で、何が釣れた?」

「ワタリガニと、タコ」


 顔に縦線が入った佳鏡かきょう優希が、達観した表情の永尾ながお拓磨に尋ねる。


「え?」

「俺にも分からん。釣れたんだから、仕方ない! あっちに聞けよ?」


 あごでしゃくった先には、ここの女主人であるカレナの姿。


 息を吐いた優希は、首を横に振った。




 ――数時間後


 食事が終わり、全員でリビングに移動。


 東京で撮影した画像を見ながら、思い出話。


「全国CMに出たのは、すげーよ! もったいねえなあ? せっかく芸能人になれたのに……。東京のアイドルで、誰か紹介――」

「ごめんねー? 当たっちゃった」


 わざとらしく肘をぶつけた優希に怒った拓磨が突っかかり、ジャレ出した。



 浦名うらなあかねは動かしていた指を止め、あっ! と声を漏らす。


 それを聞いた蔵本くらもと徹が、隣から覗き込む。


「どうした……」


 言葉を失った徹に、カレナが告げる。


「最初の私ですか……。気にしていませんよ? 見せてください」


 本人に催促され、茜はしぶしぶ差し出した。


 ジャレていた2人も雰囲気を感じ取り、注目する。


「これ……。あの時の!」

「今となっては、1年ぐらい前に思えるぜ」


「あの時は、もう死んだと思ったよ」

「うん……」


 全員が見ているのは、廃墟の中で壁にもたれて座るカレナの姿。


 彼らとの出会いだ。



 リーダーの優希が、思い切って尋ねる。


「ねえ? カレナはどうして……あの廃墟にいたの?」


 無限に思える、数分間。


 全員に見つめられたカレナは、優しい口調で言う。


「人を……待っていたんですよ! 少し時間がかかるから……」


「それって……イタッ!」


 茶化そうとした拓磨は、隣の優希に足を踏まれた。


 優希は真剣な声音で、すぐに応じる。


「私には……死にたがっていたように思えたよ」


 睦月は、カレナの様子を窺った。


 けれども、本人はフッと笑う。


「そうですね……。だけど、ここでまた高校生になり東京観光をして、気が変わりました」


 聞き役だった男女が、すぐに励ます。


「そ、そうだよな! 東京は、すっげー面白かったし!」

「僕らが観光できたのは、室矢さんのおかげだよ!」

「うん! ありがとう!」



 やがて、高校生のグループは自宅へ帰る。


「またな!」

「今日はご馳走になったよ!」

「次は、みんなで何か持ってくるね?」


 カレナと親しい優希は、最後に尋ねる。


「私には……あんたの悩みが分からない。こうしてくれと言う資格もない。でも、1つだけ約束して? 何も言わず、勝手にいなくならないで」


「ええ……。約束します……。篠里しのざとで会いましょう」


 ようやく笑顔になった優希が、別れを告げる。


「またね!」

「ええ、また明日に……」




 どれぐらいの時間が経っただろう?


 保守的な美須坂町でも、何かしらが変化していく。


 男女の高校生が楽しく騒いでいた洋風のペンションは、廃墟に。

 明山あけやま神社の境内にある槇島神社にも、人の気配がない。


 きっと、待ち人が来たのだ。


 外の光が差し込むペンションには、かつての痕跡か、錆びだらけのバーベキューコンロなどが寂しくたたずむ。


 生まれ変わった室矢重遠しげとおは、一体どこに?


 姿を消したカレナと睦月は?


 気になることが多いものの、この田舎でのスローライフは終了した。

 ならば、いったん幕を閉じるべきだろう。



 ~Fin~

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【完結】主人公がいない死亡フラグだらけの日常~最強のカレナちゃんは傷心中で特に誰も救いません~ 初雪空 @GINGO

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