エピローグ

第143話 出会いと別れ

『アイドルフェスの会場も飛び回った戦闘機のドッグファイトは、陸上防衛軍の太刀川たちかわ駐屯地の迎撃で――』


 深堀ふかほりアイが、豪邸のリビングで音量を下げた。


「こちらも大変だったわ! 生存者のお守りが……」


 ため息を吐いたアイに、命の危険を感じた様子はない。


 話し相手の室矢むろやカレナは、率直に尋ねる。


「誰と合流したのですか?」


「教会の戦闘部隊であるラヴァンダに、案内を頼まれていたけど……。合同演習のせいで、回収してもらうのがやっと!」


「それは、大変でしたね?」


 他人事のように述べた、カレナ。


 息を吐いたアイは、ジト目に。


「カレナお姉さま? これから、どうするの?」


 ティーカップを置いた彼女は、複雑な表情だ。


「帰ります。美須坂みすざか町へ……」

「今は、ということね?」


 カレナは、無言でうなずいた。


 その時に、AIのツヴァイが叫ぶ。


『こちらも大変だったわよ! オリジナルは、室矢むろや重遠しげとおのデータがないことでブーブー言っていたし』


 小さなボリュームで、テレビが応じた。


『宇宙へ飛んで行った青い戦闘機は、依然として行方知れず! 2機の間で交わされた無線では「ツヴァイ」と呼ばれていて、各国は「希望するのなら亡命を受け入れる」と――』


 アイが視線で、問いかけた。


 苦笑したカレナは、心配いらないと応じる。


「次に出てくるのは、どうせ数世代は後……。その頃には、書類やデータだけ! 人は自分が見たものだけ信じます」


「それもそうね! すぐに登場しなければ、半年後には忘れるか」


 納得したアイが、尋ねる。


「そういえば……。アイドルオタのAIは?」


『コクリコなら、「川奈野かわなのまどか」の引退で号泣した後に、別のアイドルを推しているわよ?』


 ツヴァイの呆れた声で、1つの顛末てんまつが分かった。


 立ち上がったカレナが、別れを告げる。


「では、アイ? また会いましょう」

「ええ!」


 あっさりした別れだ。


『私も帰る! ソシャゲの周回をしないと……』


 それっきり、ツヴァイの可愛い声が消えた。



 ◇



 紫苑しおん学園で、制服を着た男女。



「そうか……。地元へ帰るんだな」


 あの戦闘で生き残った悠月ゆづき史堂しどうは、寂しそうに続ける。


「てっきり、高等部を卒業するまでは東京にいると……」


「私たちは、仕事でここにいましたから」


 ふと思い出したカレナは、釘を刺す。


「まどかにフォローしてくださいよ? 無理に、とは言いませんが」


「分かってる! 一応、メッセで連絡した。……軍事機密のせいで、俺が引退ライブを寝過ごしたようになったけど」


 視線で訴えかけるも――


「さあ? 私は、何も知りませんから……」


 惚けることで、史堂の味方をしないと告げた。


 後頭部をかいた男子は、嘆息する。


「やっぱり、冷たいなあ……。東京には?」


 苦笑いのカレナは、まっすぐに見つめる。


「史堂が生きている間には……」


「そうか……」


 それぐらいの年月は、東京の地を踏まない。


 理解した史堂は、最後の冗談を言う。


「俺が嫌いにしても、長すぎるぜ?」


 けれど、カレナは右手を差し出した。


 驚いた史堂だが、おずおずと握手に応じる。


「あなたは重遠しげとおの子孫であっても、重遠ではない……。そういう事です」


「なるほど……」


 上下に手を振りつつ、史堂は苦笑した。



「じゃ、元気でな!」

「ええ! あなたも!」


 紫苑学園の正門で、よくある男女の別れ。

 次の登校日になれば、約束をせずとも出会え……ない。


 史堂はもう、カレナに会えないのだ。


 それを感じさせない、自然な別れ。



 後ろ姿で、その長い黒髪が揺れる。


 それを見送りつつ、史堂は組んだ両手を上に伸ばした。


「さーて! 俺も、帰るとするか……」


 寂しさを隠すように、わざと明るい声で。



 ◇



 東京の高級カフェで、女子会。


 集まったのは、ディアーリマ芸能プロダクションの4人。

 忙しい『瀬本せもとゆい』も、担当マネージャーを泣かせつつ、強引に時間を作った。


「2人とも、帰っちゃうんだ……。残念ね! 皐月さつきは東京に残るんでしょ?」


「まーね! ただ神社に籠るから、今までのようには……」


 ゆいも気に入っていたようで、ガッカリした顔だ。


 次に、カレナを見る。


「私は、遊びに来てもらっても構いませんが……」

「時間がないわ」


 ため息を吐いた『ゆい』。


 この1時間ですら、他の予定を押しのけて。

 地方へ行って宿泊するだけの時間は……。


 さっきまで悠月史堂が来なかった愚痴を言っていた『川奈野まどか』も、会話に加わる。


「私は?」

「別に、いいですよ? 交通費は出しませんけど」


 高速鉄道を使うと聞いて、唸り出す。


 苦笑した槇島まきしま皐月が、突っ込む。


「片道で1万円は、辛いよね? 車があれば、話は別だけど!」



 ストローを離した『ゆい』が、告げる。


「ロケで近くに寄ったら、連絡するわ!」

「どうぞ」


 ゆいも、この2人との別れで、思うところがあるようだ。


 その後には、たわいもない話が続き、また会うかもしれない4人は別れた。



 送迎車に乗り込む、ゆい。

 それを見送った3人は、しばらく一緒に歩いた。


 途中で皐月が、東京のどこかにある槇島神社の本殿へ。


 東京駅のホームで、『まどか』ともお別れ。


「元気でね! 私……わだし! あなたのおかげで……」


 涙を流しつつ訴える女子に、カレナは正面から抱きしめた。



 ピロロロロ♪


 プシュー!


 ヒィイイイン


 ゆっくりと、高速鉄道が動き出した。


 カレナの自宅がある方向へ……。



 泣きながら手を振る『まどか』の姿はすぐに消えて、密集したビルディングから郊外の風景へ。


 自分の席に座ったカレナは、背もたれに寄りかかる。


「さよなら、まどか……」


 彼女には彼女の生活があり、自分にも自分の生活がある。

 今生の別れでも、それは不幸ではない。

 また会いたい、という言葉も、嘘にあらず。


「帰りましょう……。私の家へ」


 窓の外で過ぎ去っていく景色が、無言で聞いていた。

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