第142話 彼にとってはタコを締めるが如き

『本部より各員へ! 現時刻をもって、アローヘッド作戦は成功した! 常温核融合炉を確保! それぞれで脱出せよ! 繰り返す! 作戦の成功に伴い、ネオ・ポールスターからの離脱を許可する!』


 より正確に言えば、常温核融合炉でヤバい物質、パーツだけ、専用のケースで回収した。

 いずれにせよ、無力化。


 作戦司令部からの通達で、各部隊は回収シグナルを出しつつ、沿岸部で船舶に乗せてもらう。

 その間にも大地は揺れ続け、否が応でも焦る。



 暗闇の中で着陸したヘリに最後の1人が乗り、下の太いロープにも大勢の兵士が専用の金具で繋がっている。


「これで飛ぶのかよ!?」

「嫌なら、お前は泳いで帰るんだな?」


 泣き言をいった兵士に、別の兵士が冷やかした。


 バタバタと回転するローターによって、軍用ヘリが上昇を開始。

 やがて、下のロープが張り詰め、そこに繋がっている兵士の塊もぶら下がる。


 それが当たらないように注意しつつ、ヘリは海上で待機している軍艦か、最寄りのヘリポートへ向かう。


 慣れない者が失神するほどの状況は、ようやく命の危機を脱する安堵感により緩和された。

 強風を感じつつ、ぶら下がっている兵士の1人がつぶやく。


「俺たち、生き延びたんだな……」

「ああ……」


 誰とも知れず、それに同意する声。


 重力だけが上下を教えてくれる暗闇で、彼らは横へ移動し続けた。


 他の部隊も、運搬する手段がない車両、MA(マニューバ・アーマー)、不時着した航空機を破壊しつつ、人員だけ回収。

 浮上する海底都市のエリアを避けつつ、東京を目指した。


 死んだ者も。

 けれど、生きているのなら、今はそれを喜ぼう……。



 ◇ 



 揺れの原因と思われる、海底都市。

 それは浮上を続け、複合施設だったネスターを下から破壊していく。

 深堀ふかほりアイが指摘したように、地下をうろついていたら、ここで生き埋めか溺れた。


 ディゴン秘密教団は、海中で暮らせる面々だ。


 『深海に住むもの』は、まだ人の姿から魚人まで。

 どいつも笑顔で、これから訪れる、邪神クトゥルーとの日々を夢見る。


『長かった……』

『これで、我らが表舞台に出られる』

『他の信者も、じきに駆け付けよう!』


 言いながらも、海底都市にいるクトゥルーのほうを向く。


 暗い海の上に、タコのような頭部。

 人のような、2つの目。

 口に当たる部分は、ヒゲにも見えるタコ足が無数に……。


 高層ビルのような巨体で、よく見れば、人に近い姿だ。

 全身は緑っぽい鱗で覆われており、背中に悪魔のような翼。


 

『おお!』

『クトゥルー様!』


 感極まった『深海に住むもの』が、口々に叫ぶ。


 そして――



 クトゥルーの頭が、ポロリと落ちた。



『…………』

『…………』


 沈黙が支配した。



 首が落ちた部分に、小さな人。


 よく見れば、大人だ。



 和装の男。

 室矢むろや重遠しげとおは、片手で持っていたクトゥルーの頭を捨てながら、呟く。


「タコの頭と言うが……。これ、胴体らしい。頭は足の根本」


 いきなり豆知識を披露した男は、改めて抜刀しつつ、夜空へ飛び上がった。


「沈めえええええっ!」


 下へ向けての斬撃を続ければ、ビームで撃ち抜かれた戦艦よろしく、直撃した部位から砕け、割れていく。


 瞬く間に、海底都市が崩壊して、海中へ逆戻り。


 

 空中に立ったまま、納刀した重遠。


「たこ焼きを食べたい……」


 独白した後に、シュッと消えた。



 タッチの差で、北垣きたがきなぎ錬大路れんおおじみおも登場。


 重遠を追い、やはり姿を消す。



 残されたディゴン秘密教団の面々は、発狂した。


『ほげえええええっ!』

『ぎゃあああっ!』


 燃え尽き症候群になった彼らは、どうするのだろうか?


 代わりの首を用意すれば、復活するかもしれない。

 朝一で、大きなタコを買ってくる?



 海底でジッと待機していた重遠は、最高のタイミングで、クトゥルーの首をとったことを示した。


 決戦の覚悟をしていた戦艦大和やまとも八つ当たりで、崩壊する海底都市にトドメを刺した。

 その主砲から撃ち出された砲弾は、無慈悲に着弾し続ける。


 次に出航できるの、いつになるか不明だし……。



 ともあれ、全ての決着がついた。


 呆然自失の『深海に住むもの』が、次々に海へ飛び込む。

 あるいは海底都市へ行き、巨大な砲弾や崩壊する瓦礫に巻き込まれる。


 その狂乱が収まる頃には、夜が明けていた。


 天を突くような艦橋に、眩しい朝日が差し込む。

 地球の回転を感じるような、頼もしさ。


 水平線から、冒涜的な存在を洗い流す光が満ちあふれた。


「司令!」

「うむ……」


 待機状態の大和。

 艦橋からは、沈みゆくメガフロートの残骸が見えた。


「本艦は救助のため、交代が来るまで、現海域に留まる!」

「ハッ!」

 

 疲れ切った顔に、ようやく笑顔が戻った。


 東京のほうに待機していた部隊も、おそらく出航か、離陸しただろう。



 事後処理では、多くの要人が辞職するに違いない。

 ネオ・ポールスターを失った損失も、無視できない。


 だが――


 主人公のいない物語は、ようやく結末を迎えたのだ。


 次にカレナたちが動くのは、室矢重遠が生まれ変わった時。

 


 だが、今のカレナには、帰る場所がある。

 美須坂みすざか町へ戻り、槇島まきしま睦月むつきと会わなければ……。

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