第四章 より低次元の推し活

第72話 人生は出会いと別れの繰り返し

「そういえば……あのオタク4人は?」


 室矢むろやカレナは、スマホに表示された “この動画は再生できない” の文字を見ている。


 首をひねっていた槇島まきしま睦月むつきは、やがて納得する。


「あの連中ね! 弁護士の良盛よしもりに丸投げして、それっきりだよ? ネットで拡散した動画には、法的な手段を行使しているとか」


 ジッと見ているカレナに、付け加える。


「僕とお近づきになりたくて強引に押しかけた挙句、ライブ配信だからね! あの4人の生死に興味はないよ……。念書にサインして、動画やチャンネルを削除するだけで終わったかもね? 次はないだろうけど」


「どこかの遠洋や鉱山にいても、おかしくありません……。それはさておき、駐在所の担当が変わったようですね?」


 睦月が、自分の感想を述べる。


萩原はぎわら一吾郎いちごろうは、ギリギリで助かったからねえ……。何かの拍子に、『桜技おうぎ流と繋がっていて怪しいから、やっぱり消しておこう!』となりかねない」


「今ならば、『一緒にいた片桐かたぎりが死に、ショックを受けた』で通りますからね……」


 桜技流と警察のトラブルに巻き込まれた、一吾郎。


 彼は、自分が出世できないことも併せて、警察を辞めたのだ。


 後任の駐在はかなりの年配で、巡査長。



「そういえば、睦月の動画は?」


「んー。色々と騒がれたけど……宣伝用のムービーってことに!」


 粛々と対応したから、お祭りの演出や編集された映像の扱い。



 ピンポーン!


「誰か、来たよ? 珍しいね……」


 睦月が言えば、カレナはうんざりした表情に。


「出たくありません……」


 ピンポーン!


 ピンポーン!


 ピンポーン!


 見かねた睦月が、立ち上がった。


「ぼ、僕が、見てくるね?」


 パタパタと、室内用のインターホンへ。


「はい?」


 気が強そうな声であるものの、若く、可愛らしい容姿だ。


 大人びていて、女子大生と思われる。


『こ、こんにちは! 私たち、ここのお祭りを取材していたグループです。アポはないんですけど、ぜひ室矢さんのお話を聞きたくて……。5分だけでも、お時間をいただけないでしょうか?』


 困った睦月は、カレナのほうを見るも――


「あれ?」


 彼女がいたところに、その姿はなかった。


 すぐ傍で、カレナの呆れ果てた声。


「あなた達は、本当に! ……懲りないですね?」


『え?』


 インターホンの小さな画面で目をパチクリさせたのは、とある事件に巻き込まれた女子大生。



 ――10分後


 リビングのソファーで、女子大生3人が横に並んでいる。


 交渉していた女子は、笑顔だ。


「急に押しかけて、すみません! 私、荒月こうげつ怜奈れなと言います!」


 いっぽう、残り2人は申し訳ない様子。


角西かどにし芽伊めいです」


丸原まるはら春花はるかと申します」


 対するカレナは、怜奈を見た。


美須坂みすざか町のお祭りを取材したことで、成果は十分でしょう? 廃校になった多冶山たじやま学園へ侵入して九死に一生を得た、れいかチャンネルの方々としては」


「多冶山学園を撮影したハンディカメラは、警察に没収されたわ! こんな田舎まで来たのだし、稼げるだけ稼がないと! ……あれ? どうして、それを?」


 怜奈は言い切った後に、首をかしげた。


 残り2人は、顔が真っ青に。


「あ、あの……」

「ひょっとして……け、警察の方ですか?」


 もしバラされれば、ネットで公開リンチだろう。


 ソファーに座ったまま、ガタガタと震える。


 カレナは、息を吐いた。


「どうこうする気はありません……。怜奈に尋ねますが、わざわざ訪ねてきた理由は?」


「お祭りで面白いパフォーマンスを見られたけど、せっかくだから……。特に、深い意味はないわ! 出てこなかったら、普通に帰ったわよ? できれば、『室矢』の名字でありながら、ここを選んだ理由を教えてもらいたいけど」


 ケロッとした顔で、返事。


 いっぽう、カレナも普通に答える。


「少し現実逃避がしたくて……。気がついたら、ここにいました。横に座っている睦月がいなければ、東京へ移動したでしょう。妹分いもうとぶんがいますから」


 まともな回答に、怜奈はかしこまった。


「そうですか……。可能でしたら、録音を――」


 軽快な音楽が鳴り出した。


「ご、ごめんなさい! 先に対応しても?」

「どうぞ、ごゆっくり……」


 スマホを手にした怜奈は立ち上がって、リビングから内廊下へ。


 話し声が聞こえる。



 ソファーに残っている女子2人が、頭を下げた。


「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません!」

「お祭りの映像で、バイト代が入ります。答えてもらわなくても……」


「別に、構いませんよ……。嫌ならば、そもそも無視しましたから」


 カレナは言いつつも、あなたが対応したせいで、という視線を向けた。


 困った睦月は、悪戯をしたネコのように、ごまかす。



「終わったわ! えーと……。私たちが仕事を受けている制作会社から、電話があったんだけどね?」


 戻ってきた怜奈は、気まずそうに、言いよどんだ。


 カレナが、話を続ける。


「室矢カレナを連れてこい……。そう、言われたのでしょう?」


「あ、うん……。どうして、分かったの?」


 驚いた怜奈に、カレナは結論だけ述べる。


「私を含めて、7人ぐらいの往復交通費を出すのなら、連休で行きますよ?」


「う、うん……。ちょっと、聞いてみる」


 再び内廊下に消えた怜奈は、すぐに戻ってきた。


「えっと……。大丈夫だって……」



 全員の注目を浴びたカレナは、横に座る睦月を見た。


「久々に、東京へ行きますか?」

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