第73話 完全ステルスの強火担

 東京の一等地にある、本社ビル。

 平社員では近づくことも許されないフロアに、その会議室があった。


 高級ホテルのラウンジを思わせる上等な家具と内装に、一面のガラスから飛び込んでくる暖かな光。


 細長い円卓を囲むのは、各部門のトップだ。


 上座にいる男が座ったままで、自分のマイクに話す。


『では……解決の糸口もつかめていないと?』


 これに対し、円卓を囲む1人が口を開いた。


「はい。大変申し訳ございません……」


 低い声で、高級スーツを着込んでいるが、長い髪をアップにしている30歳ぐらいの美女だ。


 上座の男が、それに答える。


綾小路あやのこうじくん……。その若さで社長に抜擢された、君らしくもない……』


 それを皮切りに、他の重役も発言する。


「ディアーリマ芸能プロダクションだけの問題では、済まされない! 上にいる我々、ムルタ・パークス株式会社を始めとして、グループ企業まで沈むのだよ!?」


「はい……。最善を尽くします」


 何も言い返せない綾小路が、他の重役から集中砲火を浴びている。


 その時に、電話の着信音。


 全員が、自分のスマホを確認したが――


「申し訳ありません。ただちに……」


 ところが、画面を見た綾小路は指で触り、片耳へ。


 静かに、相手の声を聞く。


「……はい。では、お待ちしております」


 恐らく、たった一言。


 綾小路は、それぐらいの時間で通話を終えた。


 スマホの画面を触った彼女に、重役の1人が気色ばむ。


「君は、自分の立場を分かっているのか!? そもそも、会議で携帯の電源を切っていないとは――」

 ピリリリ


 言っていた重役のスマホが鳴る。


 慌てた彼がスーツの内側から取り出し、電源を切ろうとするも、鳴り続けた。


 全員に見られたことで、仕方なく、電話に出る。


「……誰だね?」


 同じく10秒にも満たない時間で、相手の声が流れた。


 ブツッと、切られる。


 ため息を吐いた彼は、今度こそ、スマホの電源を切った後で仕舞った。


 綾小路を見る。


「君を責めないように、と言われたよ……。今のは?」


「はい。あの御方です……。これをもって、私共わたくしどもは犯人探しを本格的に行います」


 重役用の椅子で座り直した男は、もっともな疑問を言う。


「今の電話をしてきたのが、犯人では?」


 綾小路は座ったままで、向き直った。


「いいえ。そうであれば、こんな方法を選びません。直接言ってくるでしょう。今のように……」


 息を吐いた男は、しぶしぶ納得する。


「とにかく、結果を出したまえ……」


 ガタッと立ち上がった綾小路は、深く頭を下げた。


「私のせいで皆様にご心労をおかけしたこと、お詫び申し上げます!」


 上座の男が、取り成す。


『ここからは、建設的な話をするべきだ……。綾小路くん。これまでの経緯と、たった今、述べたばかりの捜査方法について、頼む』


 頭を上げた綾小路は、自分の席に座った後で話し出す。


「はい。……皆さま、お手元の資料をご覧ください」


 それぞれの前に置かれた資料をめくる音が、小さく響いた。


 東京に本社を構えている、音楽や映像のエンターテインメントの一角を占めているグループは、正体不明の……厄介ファンに悩まされていた。


 芸能活動は常に、ファンとの距離感で問題が起きる。


 ネットが当たり前の現代では、かつてのラジオとは比べ物にならないほど……。


「私が任されている、ディアーリマ芸能プロダクション。そこの専属となっているアイドルの1人をもっと出演させるよう、脅迫が続いていることが、主な被害です」


 本来ならば、それに対応する部門や荒事に慣れている人員が出る。


 こじらせたファンが暴走するのは、業界の常。


 けれども――


「警察に被害届を出したうえでグループの法務、探偵事務所と連携しており、警備の見直しも行っています。けれど、掲示板への書き込みがあった場所では、全く確認できず……。疑わしい人物を取り調べたようですが、目立った進展はありません」


 ここで、聞き役の1人が質問する。


社屋しゃおくやライブ会場での不審者は? ……こんな無名のアイドル、放り出せばいいだろう? ドル箱でもあるまいし」


「現状では、男女を問わず、該当しそうな人物は見つかっていません……。ご指摘の通り、彼女を叩き出すことも有効な手段です。しかし、脅迫者は『彼女の契約解除や損害賠償を請求した場合は、そちらの業務をできなくする』と、明言しています」


 質問した重役は、ふーっと息を吐いた。


 他の重役が、尋ねる。


「脅迫者の何が、怖いのだね?」


「異常なまでのハッキング技術を持っています。未確認ですが、警察のサーバーも荒らされたようで……。それ以降の警察は、目に見えて消極的。こちらで犯人を見つけて突き出さない限り、事件の解決はないと思われます」


「正体不明のストーカーか」

「厄介な強火担つよびたんだ……」

「それだけの技術と設備。もっと有効に使えば、いいのにな?」


 上座の男が、綾小路に尋ねる。


『それで、君はどうすると?』


くだんのアイドルに仕事を与えて、泳がせます! 警察とウチの調査が当てにならない以上、その脅迫者が接触するのを待ち……」



 ――我々と、この業界の怖さを知らしめます

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