第68話 相容れない存在(後編)

「僕が御神刀を出せば、間違いなく、紛失するか、偽物が届くよ!」


 槇島まきしま睦月むつきの断言に、下座の片桐かたぎりは言い返そうとするも――


「警察の本質は、『制圧できるだけの武器と人員を持ち、それ以外が持つことを許さない』。それに尽きる……。その正否はどうでもいいけど、今回は『強大な化け物を倒した御神刀を取り上げる』ということが目的! だから、今の大義に賛同して御神刀を差し出せば、『待ってました!』と言わんばかりに動く」


 否定しきれない片桐は、黙り込んだ。



 一番手っ取り早いのは、うっかり紛失した、とする手口。


 担当者と上司に頭を下げさせて、そいつらに適当な処分をすれば、あとは自由だ。


「映画みたいな貸金庫に収めて、一部のキャリアだけで情報を独占する。桜技おうぎ流を従わせるカードになるし……。前例を作れば、何かとやりやすいだろうね? ついでに、お前が言った『御神刀の量産化』を実現できれば、文句なしと!」


 苦笑した睦月に、やはり反論なし。


 次にありそうなのが、偽物にすり替えること。


 警察が犯人では、捜査どころの話ではない。


「紛失だと内部で処分するし、僕たちに頭を下げる必要があるから。たぶん、こっちの手口かな? 第三者の証明がないんじゃ、水掛け論だよ……。むしろ、こちらを激怒させての失言や行動で、逮捕しそう!」


 言い終わった睦月は、肩をすくめた。


 次に、本庁のキャリアとして訪れた片桐を見る。


「結論を言っちゃうけどさ……。御神刀を解析しても、意味はないよ? あの光景を見て、本当に再現できると思う? 神話と同じで、物理法則が通用しないんだよ?」


 片桐はうつむきながらも、弱々しく反論する。


「それでも……。私は……」


「か、片桐警視正! あの……終わりにしませんか? 現状で、槇島さんを説得できるとは……」


 はるかに上の階級とあって、萩原はぎわら一吾郎いちごろうは冷や汗を流しつつの提案。


 槇島如月きさらぎたちの視線が、そろそろ危険域だから……。



 上座に座っている睦月は、場を締めくくる。


「まあ、珍しい光景を見られたってことで……。東京へ戻りなよ? お前の立場は厳しいだろうけど」


 つまり、普通にお祭りを楽しんだ、というてい


 

 片桐は、顔を上げた。


「私が警察を変えれば、検討していただけますか?」


「……まあね」


 それっきり、睦月は無言になった。



 同席している弁護士、菅原すがわら良盛よしもりが、代わりに告げる。


「本日の会談は、これで終了します! ご用件は、私にお願いしますね?」



 ◇



 自然を見るだけの警らと、どうでもいい通報だけの退屈な日々。


 違反切符で、ノルマ達成?

 知りません。


 タヌキは多いですよ?

 イヌ科に属しているから、すごく犬っぽい。


 たまに、どこかの家に拾われて、シレッと飼い犬になっている。

 お前、タヌキだろ?



 美須坂みすざか駐在所の事務デスクにいる萩原一吾郎は、日報を書き終えた。


 卓上のデジタル時計を見れば、ちょうど定時だ。


「終わったー! じゃ、着替えるか!」


 1人だけの交番で叫んだ一吾郎は、安物の椅子から立ち上がった。


 腰の帯革たいかくに吊り下げている装備の重さも、この時だけは無視できる。



 ギィッ


 正面のドアが開く音。


 ウキウキしている一吾郎は、そちらを見ずに説明する。


「今日は、もう店仕舞いだから! 明日ね、明日!」


 神経が図太くないと便利に使われるのも、また事実。

 普段のキャラ次第。


 この調子で飛ばされたのか、あるいは、駐在所ライフに適応したのか……。


 成果を上げられず、遊べない田舎に絶望して、自分の頭を撃つよりは、マシだろう。



 スーツを着た優男が、親しげに話しかけてきた。


「こんにちは! 菅原すがわらですけど……。覚えていますか?」


 振り返った一吾郎は、驚く。


「あー! 前のお祭りの! ど、どうしたんすか? ……忘れ物?」


 弁護士の菅原良盛は、首を横に振った。


「いえ……。仕事で立ち寄ったから、飲みの誘いに来ました」


「それは嬉しいけど――」

「奢りますよ? 帰りのタクシーチケット付きで」


 一吾郎は、ここが動物病院と知った時の、ペットの顔に。


「マジで!?」



 ――最寄りの繁華街


 ガヤガヤとしている、居酒屋の店内。


 カウンターの奥で並んだ2人は唐揚げ、焼き鳥と、酒に合いそうなオカズを前に、ジョッキをぶつけた。


「乾杯」

「かんぱーい!」


 菅原良盛は、スーツ姿。


 いっぽう、制服を脱いだ萩原一吾郎は、ラフな私服だ。



 どちらも生ジョッキを飲み切って、カウンターに置いた。


 一吾郎は横に座っている良盛を見たまま、驚く。


「けっこう、イケるんですね?」


「この稼業も、色々あるので……」


 しばらく、オカズを口に入れつつも、グラスを換えていく。



 良盛は、横の一吾郎を見た。


「ところで……1つ、お知らせしたい事があります」


「何すか? 今さら割り勘は、ナシっすよ!? 小遣いが残ってなくて……」


 酔っぱらっている一吾郎に、良盛が周囲を気にしつつもささやく。


(槇島さんと話し合っていた、警察庁のキャリアである片桐さんですが……)



 ――殺されました

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