第67話 相容れない存在(前編)

 祭りの後。

 立ち並ぶ屋台は撤去され、飾りつけも外された。

 静かな明山あけやま神社。


 その一角にある槇島まきしま神社の本殿は、緊迫した空気だ。


 学校帰りの槇島睦月むつきはセーラー服のまま、上座に座っている。


 如月きさらぎたちも、次のポジションで、座布団の上。

 この槇島神社は、睦月が御神体ごしんたいだ。


 彼女たちは普段着で、無言のまま、顔を伏せている。


 気になった外間ほかま朱美あけみも、この神社の代表として参加。


 立会人に過ぎず、発言する必要はない。

 お茶と和菓子を出した後で、すみに座っている。


 それとは別に、睦月の代理人である菅原すがわら良盛よしもり


 彼は弁護士で、スーツを着ている。

 睦月が不利になったら、すぐに口をはさむ役割。


 この緊張した空気の中でも、自然体だ。

 正座のまま、切った和菓子を食べた後に、お茶を飲む。


「あ……。美味しいお茶ですね!」



 いっぽう、下座にいるのが本庁のキャリア、片桐かたぎりだ。

 スーツ姿で、用意された和菓子とお茶に手をつけず。


 片桐の斜め後ろで気まずそうに座っているのが、萩原はぎわら一吾郎いちごろう

 美須坂みすざか駐在所の日勤が終わった時に、連絡を受けた。


 事情を知っておく必要があるため、警察サイドの人間として参加。

 『勤務外』の扱いで、私服だ。


 気を紛らわすため、片桐とは異なり、和菓子とお茶を口に運んでいる。



 上座の睦月が、口を開いた。


「じゃ、話を聞くよ……。何?」


 待ちかねていた片桐は、勢い込んで告げる。


「日本の治安を維持するため、あなたの御神刀を貸していただきたい!」

「却下」


 睦月は間髪入れずに、答えた。


 呆気にとられた片桐は、それでも諦めない。


「あなたの御神刀があれば! 多くの人が救われるのです!!」


 疲れた様子で、睦月が尋ねる。


「どこをどうしたら、そういう結論になるの? お前は昨日のステージで、一部始終を見ていたよね!?」


 睦月の御神刀である百雷ひゃくらい


 その完全解放、『百花繚乱ひゃっかりょうらん十重二十重とえはたえ』を見た片桐は、なぜ、そう言ったのか?


 本人がうなずいた後で、自説を述べる。


「はい。……人知を超えた化け物がいることは、承知しています。なればこそ、倒せる力、現場の警官でも使える武器が必要です!」


 不機嫌になった睦月は、横のひじ掛けで支えながら、突っ込む。


「まさかとは思うけど、僕の御神刀を解析して、その一部だけでもマスプロ――大量生産のマスプロダクション――したいってこと?」


 大きく頷いた片桐が、ここぞとばかりに主張する。


「現状では、警察官に化け物から身を守る術がなく、あまりにも危険です! 桜技おうぎ流の離脱は仕方ないにせよ、何の技術も与えられず、我々は見当違いなまま……。先日の多冶山たじやま学園で突入した退魔特務部隊が全滅したのも、対抗する手段がなかったから! 何卒よろしくお願い申し上げます!」


 睦月は、畳に両手をつき、頭を下げた片桐を見下ろす。


「怪異の犠牲になった、現場の警官……。お前の父親のことを考えれば、まだ抑えた言い方だね? ……桜技流も全国だ。しつこい人間が現れれば、調べるよ」


 その発言で、片桐は身を固くした。


 ゆっくりと上体を起こして、睦月を見つめ返す。


「父は……立派だった。桜技流のサボタージュで他にも多くの犠牲が出たが、私は桜技流を恨んでいない……。同じ悲劇を繰り返さないためには、話が通じない化け物を倒せるだけの力がいる」


「現場の下っ端では、警察を動かせない。だから、本庁のキャリアに?」


 睦月の質問に、片桐は首肯した。


「ええ……。あなたの御神刀を貸していただければ――」

「お前が、桜技流に入ることを選ばなかった理由は? 怪異を退治する意味では、そっちが本職だと思うけど」


 水を差された片桐は、ムッとしながらも答える。


「私が調べた範囲では、桜技流は傭兵に近い行動をしています。民間団体ゆえ、採算を考えて動くことを否定しませんが……。それでは現場の警官、いては無力な市民を守れず! 私がやりたいことは『怪異であろうと、現場の警官が身を守れる装備を貸与する』という話です」


「警察が四大流派に踏み込むのは、どうかと思うよ?」


 睦月の質問に、片桐は皮肉を言う。


「現場へ出向いた警察官には、応援を呼べても、逃げる選択肢がありません。……えり好みできる桜技流とは違います」


「それは、そうだね……」


 座り直した片桐は、改めて懇願する。


「科学的に分析することは、そちらにとっても益がある話です。常に命を懸けている全国の警察官のため、ご決断を! 相応の対価も、私が交渉します」


 笑顔の睦月は、あっさりと答える。


「うん! 無理だから!」


 気色ばんだ片桐は、すぐに叫ぶ。


「なぜ!? 過去は問いませんが――」

「あのさ……。お前、根本的にズレているんだよ」


 睦月は自分の湯呑みを口へ運んだ後に、つぶやく。


「警察庁がお前を寄越した理由が、よく分かった……。これなら、ワンチャンあったかもね?」


 理解できない片桐は、思わず尋ねる。


「何を?」


「要するに……お前は信用できても、組織は信用できないってこと!」

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