第66話 閃光の咲莉菜

 USFAユーエスエフエーの駐在武官である、ウォリナー。

 彼は、絶体絶命のピンチだった。


 なぜなら、久々に発見した戦略兵器である美少女について、責任を押しつけられたから。


 司令部から連絡を受けた彼には、正式な命令が届く前にスティアを連れ戻すしか、挽回する手段がない。



 明山あけやま神社のステージで、槇島まきしま睦月むつきたちが奮闘する一方。


 ウォリナーも、絶望的な戦いを繰り広げていた。



 高級スーツの彼は、スティアの後をつけていた。


 都合良く、彼女が単独行動になり、接触するチャンスをうかがっているのだ。


 とにかく大使館へ連れ込み、本国に連絡すれば……。


 そう思いつつ、周りに人がいないことで、いよいよ動き出す。


「スティア! 私は、USの者だ。話を聞いてくれ! 決して、悪いようにはしない!」


 大声の呼びかけで、彼女が立ち止まった。


 第一段階をクリアしたことで、ウォリナーは安堵する。


 小走りで追いつき、彼女の行く手を遮るよう、向かい合った。


「君が不愉快な思いをしたことには同情するが、あれは一部の連中が勝手に――」

『イイィイ゛イ゛ッ!』


 気づけば、目の前にゾンビがいた。


 大人の男と同じ体格で、歯茎はぐきまでむき出しの口。

 白く濁った目、下の筋肉が見えている顔。


 笑っているようにも、見える。


「What!(何だ!)」


 状況を理解できないまま絶叫したウォリナーは、とっさにスーツの上着の中へ手を突っ込み、ショルダーホルスターから銃を抜こうと――


 正面から向き合っているゾンビが首筋に噛みつくほうが、早かった。


「ギャアア゛アッ!」


 ゾンビの両手で抱きしめられることでホルスターから銃を抜けないまま、グチャリと肉を噛みちぎられていくウォリナー。


 やがて、精神的なショックと出血、ゾンビの押さえ込みにより、地面でうずくまる。



 このゾンビは『深淵を覗く者たち』の召還儀式による、化け物の1匹。

 『歩くマゴット』と呼ばれていて、ご覧の通り、一時的な変身ができる。


 短時間とはいえ、相手の心を読むスキルがあるのだ。

 獲物が望む姿になり、こうやって誘い出したうえで、食事をする。

 

 ウォリナーの思考は、実に分かりやすく、大勢の中から選ばれた。



 力尽きたウォリナーは、立って逃げることすら叶わない。

 けれど、『歩くマゴット』が一瞬で、切り裂かれた。


 きれいな切断面で舞ったパーツは、空中で燃え尽きる。


 代わりに、1人の美女が立つ。

 両手で握った刀と、優美な巫女服。


 高天原たかあまはらから降りてきた女神の、天沢あまさわ咲莉菜さりなだ。


「けっこう、散らばっているので……」


 咲莉菜は、召喚儀式をした魔法陣の位置をチェック。


 早くしなければ、どんどん敵が増えてしまう。



「ヘルプ……ヘルプミー」


 瀕死のウォリナーは、いながらも、かすれた声で必死に助けを求めたが――


「分かったのでー!」


 咲莉菜は踏み込みながら、ウォリナーの首を切り飛ばした。


 一瞬のため、彼は自分の最期を理解できず。


「わたくしが、そなたを助けてやる道理はありません。ですが、ムダに苦しませるのも忍びない……」


 いずれにせよ、誘い込まれたウォリナーは、息絶える前に発見されず。


 これは、咲莉菜の慈悲。


「さて! いい加減に、本命を叩くので!」


 言うや否や、咲莉菜の姿は光となった。



 生前も、雷と同じぐらいのスピード。


 女神になった今は、目で見ることすら不可能だ。



 光は2秒もあれば、地球と月を往復できる。

 魔法陣から湧いた化け物は、同時に切り飛ばされ、消滅していく。


 一帯をローラーする、ゴリ押しの戦法ですら、咲莉菜にとって、たいした労ではない。



 ようやく魔法陣に辿り着いた咲莉菜は、叫ぶ。


「これで……終わり!」


 山奥の一角で、大きな爆発が響き渡り、一筋の光が天へ昇った。



 咲莉菜も、あまり地上にいられない。


 逃げた室矢むろや重遠しげとおを追うことで、忙しいから……。




 ――明山神社


『以上をもちまして、お祭りのプログラムを全て終了しました! 多くの方にご参加いただき、誠にありがとうございます』


 そのアナウンスを聞いた人々が、パチパチと拍手。


 混雑すると予想しており、午後3時ぐらいの終了だ。


「楽しかった!」

「映画みたいだったな?」


「この劇は、他の槇島神社でも、やるのかな?」


 記念に、神社の品物や、槇島シスターズの写真などを買ったり。


 すぐ石段へ向かい、空いているうちに帰る客も。



 巫女として働く外間ほかま朱美あけみは、困り果てていた。


「そう言われましても……」


 対する男は、一部始終を見ていた本庁のキャリア。


 スーツ姿の片桐かたぎりだ。


「今後の日本を守るため、是非とも話し合いたい!」


 見るからに偉そうな男が深く頭を下げていて、周囲の視線を集めた。


 独断で決められない朱美は、ひとまず睦月に聞こうと――


「槇島さんについては、弁護士の私が窓口になっております……。代わりに、伺いますよ?」


 そちらを向けば、同じくスーツ姿の優男。

 菅原すがわら良盛よしもりだ。


 穏やかな雰囲気のまま、片桐の返事を待つ。

 

 態度を硬化させた片桐が、言い捨てる。


「君では、話にならない!」

「正当な理由を示さない限り、依頼人には……少し、お待ちください」


 近寄ってきた男に紙片を渡された良盛は、手の中で広げて、流し読み。


 その後で、片桐を見た。


「槇島さんが、お会いになるそうです。ただし、今は大事な祭りで邪魔は許さないと……。あなたのご都合は、いかがでしょうか?」


 良盛から名刺を受け取った片桐は、それを見た後に仕舞う。


「明日だ! また、来る」


 乱暴に言い放った片桐は、背を向けた。

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