第126話 室矢重遠の帰還

 圧倒的な火力を誇る大和やまと


 海上の軍事拠点と化したネオ・ポールスターの沿岸部を制圧するには十分と思われたが――


 ドサッ


 真っ暗な艦橋で、海上防衛軍の制服を着た男が倒れた。


中村なかむら!」

「大丈夫か!?」


 熱中症のように倒れた士官は白手袋をつけた手で、必死に立ち上がる。


「だ、大丈夫! こんな程度、カッター訓練に比べれば、たいした事はない!」


 中村は息を荒げて、苦しそうだ。


 それを見た司令や作戦参謀は、これ以上の無理はさせられないと判断。


(やはり、限界か……)

(はい。魔法師マギクスの負担が大きすぎました)


 超弩級戦艦と呼ばれるだけの巨体。


 厚い装甲でも、同じ要塞クラスと撃ち合い続ければ、それなりのダメージを受ける。


 被弾面積が大きな艦橋を守るべく、エネルギーシールドを張り続けながら、沿岸部をパスした。

 それも、ゆっくりと……。


 結果的に、乗り込んだマギクスの集団は、精鋭ですら倒れるほどの消耗。


 島1つを灰燼かいじんに帰する砲撃でも、マギクスの力を借りた特別射撃だ。



「ネスターの沿岸部を通りすぎました!」


 とにもかくにも、戦闘エリアは抜けた。


 司令は、すぐに命じる。


「負傷者の手当と、ダメコンを始めろ! まだ、臨戦態勢!」


「各部署は、被害状況を知らせ!」

「浸水は?」

「今のうちに、水と戦闘糧食を口に入れておけ!」


 作戦参謀が提案する。


「司令! 次の戦闘に備えて、左砲戦では?」


「許可する。実行したまえ!」


 それにより、右を向いていた砲塔が旋回を始める。


 今度は、まだ被弾していない左舷を向けての砲戦だ。


 同時に、海上で緩やかなターン。


 大和の巨体は、向きを変えるだけで一苦労。



「他のエリアは……順調だろうか?」


 暗い艦橋で、司令のつぶやき。


 まるで、その独り言を聞いたかのように、通信係が叫ぶ。


「ネスターに上陸中の部隊は、苦戦しているようです!」

「何だと!?」


 作戦参謀が、すぐに尋ねる。


「何があった?」


「そ、それが……」

「構わん。正しく報告したまえ」


 司令の優しい声で、通信係が言い直す。


「ハッ! 我々が通り過ぎたエリアの反対側、Bエリアに上陸を試みた主力部隊が、海中に潜む巨大な生物から攻撃されたと……」


「状況はどうなっている?」


「潜水艦1が中破で、撤退中! 上陸用の舟艇はMA(マニューバ・アーマー)を含めて、岸に辿り着けたのは……1/3ほど」


 真っ暗な艦橋で、息を吐く音が重なった。


「そちらの沿岸部は?」


「敵のMA、歩兵部隊と交戦中! 詳細は不明です……」


 申し訳なさそうな通信係。


 けれど、彼が悪いわけではない。


「ご苦労だった! 引き続き、よろしく頼む」

「ハッ!」


 司令は腕を組んで、考え込む。


 傍に立つ作戦参謀も、難しい顔だ。


(左砲戦のままで、Bエリアへ向かいますか?)

(うむ……。それしか、あるまい)


 激しい砲撃戦で沈黙させたばかりのAエリア。


 そちらに左舷を向けたまま、外周を辿って、反対側へ。


 同じく、砲撃戦で叩きのめす。



 無理にスピードを上げるのではなく、艦内の小休止と食事。


 これらを命じたことで、次の戦闘に備えて、各部署が忙しく動いた。


 司令と作戦参謀は、疲労困憊のマギクスたちに、死ねと命じるしかない。


 そう、覚悟した。


 ここで負ければ、日本は終わるのだ。



 ――大和の後部甲板


 作業中の兵士は、不審な人影を見つけた。


「誰か!?」


 すると、海から上がったばかりの『深海に住むもの』たちが、一斉に襲いかかった。


「くうっ!」


 不意を突かれたうえに、彼は警備ではなく、丸腰だ。


 せめて艦内に知らせようと出入口へ走り出すが、後ろからタックルされ、引き倒された。


 必死にもがく彼に、鍛え抜かれたハンマーのようなこぶしが振り上げられたが、青い血を噴き出す。


 その片腕は暗い空を舞い、甲板に転がった。


『グアアアァアアッ!?』


 絶叫した魚人間は、斬り飛ばされた腕に続き、首も飛んだ。


 刃の風切音が続き、やがて、静かになった。



 両手でガードしていた海兵は、ようやく、周りを見る。


 そこには、草鞋わらじはかまという和装の男が立っていた。


 腰で絞めた帯。

 その左腰には、さやがある。


 右手に抜き身の刀を持っていて、上から振り抜くことで血振り。


 ヒュッと鳴らした後で、だらりと下げたまま。

 

 こちらを向けば、短い黒髪に、茶色の瞳。

 典型的な日本人だ。


 年齢は、大学生ぐらい。


 海兵は立ち上がりつつ、尋ねる。


「だ、誰だ?」


室矢むろや……。室矢重遠しげとお……。そう、呼ばれていた」


 その海兵ですら、室矢一族のうわさは聞いていた。


 むしろ、海上での活躍のほうが有名だ。


 下っ端の自分が知らないだけで、室矢のエリートが乗り合わせていたのだろう。


 自己完結した海兵は、直立不動で敬礼。


「し、失礼しました! 自分は――」


 そのままで、目を見張った。


 さっきと同じ、魚の頭をした人間が後ろから……。


 次の瞬間に、重遠の姿がブレたと思えば、奴らの首はどれも宙を舞っていた。


 円を描くように足を滑らせた重遠は、両手でつかを握りつつ、海兵のほうを見た。


「時間がないな……。とりあえず、責任者に会わせてくれ! 話は、それからだ」


 再び血振りをした重遠は、左手で鯉口こいぐちを握りつつ、ゆっくりと納刀する。



 室矢重遠の帰還により、このアローヘッド作戦は新たな局面を迎えた。

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