第85話 ご注文はシスターですか?-③

 元の場所に戻った、若い警官。


 フラッシュライトで周囲を照らせば――


「おや……。何か御用ですか? ここは我々、ダンスマウス・インダストリーの敷地ですが……」


 スーツを着た男が、1人。


 ライトを下げた警官は、すぐに名乗る。


「日本警察です! あなたは、ここで何をしていました?」


 型通りの職務質問。


 スーツ男は見るからに、外国人だ。


「弊社の施設を見ていました……。どうぞ」


「頂戴します……。こんな夜に、ですか?」


 警官は名刺を持ったまま、疑問に思う。


 わざわざ、この時間帯に?


 いっぽう、スーツ男は、にこやかに返事。


「ええ! 逆にお尋ねしますが、日本警察がどうして、ここへ?」


「……失踪者が増えているため、パトロールです」


 スーツ男は、ニコニコしている。


「それは物騒ですね! ご覧の通り、人が立ち寄る場所ではありません。……まだ、何か?」


「先ほど、若い女性を1人、見かけました。シスター服を着た、長い金髪で……。ここにいたのなら、目撃したのでは?」


 警官の指摘で、スーツ男の雰囲気が変わった。


「いえ、見ていません……。ところで、私の故郷には、このような歌があるのですよ? 【そは、海の中。大いなる神が眠る揺り籠なれば、そこにあるべきは海水だけ――」


 対象の肺の中を海水で満たす呪文を唱えていた魔術師は、上から降ってきた気配と音に気づく。


 着地した、ダアアンッ! という轟音に、地面の揺れ。


 後ろを振り向いたスーツ男の頭は、いったん沈み込むような動きによるハイキックで、側頭部から弾け飛んだ。


 くうを切り裂く音の後で、巨大なハンマーをぶつけたような鈍い音……。


 頭をなくしたスーツ男は、蹴られた方向へ、ドサリと倒れた。


 切断面から、こぼれたペットボトルのように、血が流れていく。


「なっ!?」


 若い警官は右手を腰のホルスターへ動かしつつ、左手のフラッシュライトで殺人犯を照らし出す。


 濃紺色のベールを被り同色のワンピースを着た、金髪碧眼へきがんの若い女だ。

 片手で光をさえぎりつつ、半身のまま、立っている。


 先ほどのパトロールで見かけた、シスターだ。

 そのきらめきで、青い瞳と分かった。


 相手が凶器を持っていると考え、右手で拳銃を抜き、相手に向ける。


「け、警察だ! 殺人の現行犯で逮捕する!!」



 ◇


 

 フィオーレは、銃口を向けている相手を見た。


 若い警官だ。


 国は違えど、ポリツィオットの服装や言うことは同じ。

 面白みがない。

 

 カラビニエーレ(軍に近い国家警察)ではなさそうね……。


 本来なら、恐怖で固まるが――


 短い銃身のリボルバー。


 この暗さでは、今の距離でギリギリ……。


 相手の様子とワンハンドでは、少しズレただけで当たらない。


「銃を下ろしなさい……。こいつは、人じゃないわ」

「その場で両手を上げて、ひざまずけ!」


 話にならない。


Bastaバスタ!(もう、いい!)」


 ため息を吐いたフィオーレは肘を下ろしたまま、両手を上げた。


 魚人間である『深海に住むもの』が、秘密教団のを殺されたことで激怒したようだ。


 殺気を隠さず、展開中……。


 連中にバレた。

 すぐ襲ってくるだろう。


「跪け!」


 フィオーレは若い警官の命令に従い、ゆっくりと膝を曲げていき……。


 前へ飛び込みながら、両手をつき、その反動で若い警官の上へ。

 熟達した異能者らしく、弾丸のような勢いだ。


 倒立回転と同じで、ダンッと着地。


「え……」


 唖然とした警官は、振り向く。


 フィオーレはブーツの底を響かせつつ、走り出した。


 警官はとっさに狙うも、すでに30m。


 相手が微妙にサイドステップを交ぜているため、撃てず。


 右腰のホルスターに収納した後で、追いかける。


「ま、待てっ!」


 フィオーレは相手を振り切らないように調整しつつ、ダンスマウス・インダストリーの敷地から脱出。


 そこで、もう1人の警官と遭遇した。


Caspitaカスピタ!(わお!)」


 彼は、新人のバディだ。

 いったんは見捨てたが、心配で、迎えに来た。


 防弾ベストを身に着け、両手でショットガンを持っている。


「無事か、山口やまぐちー! ……な、何だ、お前は!?」


 ぶつかりそうになった警官は、フィオーレを誰何すいかした。


松岡まつおか(巡査)部長。彼女は、殺人の現行犯です!」


 それを聞いた警官はスムーズな動作で、銃口を向けた。


「止まれ! 撃つぞ!?」


 面制圧ができる銃口を見て、フィオーレは急停止。


 息を切らした山口が、追いついた。


「ハアハア……。す、すみません……」


「それは、後だ! ……両手を上げて、その場に跪け!」


 焼き直しのように、同じ動作をするフィオーレ。


「悪いことは言わないから……。さっきの場所、ダンスマウス・インダストリーの敷地には、もう近づかないことね? 次は、殺されるわ」


 ショットガンを向けている松岡は、ジェスチャーで女に手錠をかけるよう伝えつつ、時間稼ぎ。


「詳しくは、署で――」


 手加減をする必要がなくなったことで、フィオーレはサイドステップにより、ショットガンの範囲から逃げる。


 両足で跳ねる音だけを残し、ダダダンと、海に面している端へ辿り着いた。


「なっ……」

「え?」


 一瞬で50mの距離が空き、警官2人は呆気にとられる。


 逃げ場がない場所と見て、追い詰めようと――


 バタバタバタ


 急に、ヘリのローター音。


 フィオーレは、飛び降りた。


 ヘリから垂れている縄はしごで止まり、急速に離脱していく。


 

 次は、必ず仕留める。とつぶやきつつ……。

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