第84話 ご注文はシスターですか?-②

 暗がりを照らす、フラッシュライト。


 制服を着た警察官2名が歩いている。

 どちらも、男だ。


 近くの海は暗く、寄せては返す波の音と、彼らの靴音がBGMだ。


「こんな場所、警備会社に任せておけって……」


「でも、パトロールの経路に入っているんですよね?」


 その問いかけに、先輩か上官らしき警官が首肯した。


 歩きつつも、答える。


「ああ……。このメガフロートは、が多くてな? よく消えているココを調べるよう、お達しが来たわけ! 迷惑な話だ」


 驚いた相方が、思わず尋ねる。


「でも、俺が異動する前に『ネスターは犯罪が少ない』と――」

「バカ! 書類上は、だ……。新入りのお前に、アドバイスしてやる」


 先輩の警官はフラッシュライトを左右に向けながら、歩みを止めない。


「行方不明者届は、山積みになる一方……。その対象者は、若い女ばかりだ! 厄介なことに、ネオ・ポールスターは日本の領土じゃない」


 多国籍で地面がないため、領土の主張が難しく、日本警察の権限は微妙。


 不安定なのは、足元だけではない。


USFAユーエスエフエーやらの占有地もあって、俺たちが踏み込めない場所が多い! お前も気をつけろよ? 軍の施設に入った日には、制服を着た警官でも一瞬で蜂の巣になりかねない。……脅すわけじゃないが、殺した後で遠くの海に捨てられたら、もう終わりだ! ここを『東京と同じ』とは思うなよ?」


「は、はいっ!」


 先輩の警官は、雰囲気を変えた。


「悪いことばかりじゃ、ないけどな? 非番で遊ぶ場所に困らないし、腐ってもリゾート地だ。出会いも、たくさんあるさ!」


「はい!」

 

 若い警官は暗がりを歩く、金髪碧眼へきがんの美女を見かけた。


 シスターのような服装で、暗がりに溶け込む濃紺。


「そこの人! ……あれ?」


 自分のフラッシュライトを向けるも、そこには誰もいない。


 先輩の警官も逆手にしたライトで照らしつつ、利き手を腰のホルスターに添えた。


 日本は順手だが、ここは外国人も多く、ライトで顔を照らせば訴えられる。

 だから、この警官は海外スタイルで、ブレにくい逆手。


 すぐ拳銃を抜ける姿勢のまま、部下に尋ねる。


「どうした、山口やまぐち!?」


「人が……歩いていました! 濃紺色のベールを被り同じ色のワンピースを着た、身長170ぐらいで金髪ロングの女性1名」


 ここは、海上の観光地だ。


 外国人がいて、当たり前。


 先輩の警官が逆手のライトで前方を照らしつつ、英語で、我々は日本警察であると叫んだ。


 返事はない……。


「見間違いだろ? よし、帰るぞ!」


「え? ですが……」


 戸惑う新人に、先輩の警官が腕を首にかけた。


 そのまま、ささやく。


(前にな……。似たような状況があって、俺の同僚が深入りしたんだわ)


(ど、どうなったんですか?)


 ため息を吐いた先輩が、答える。


(そのまま行方不明になって、全員で調べたら、装備一式が置かれたところに靴2つ……。海への飛び降り自殺で、片付けられたよ)


 息を呑んだ、新人。


 肩に手を回していた先輩が、結論を言う。


(たぶん、殺された……。でも、証拠がない! 容疑者は外国の企業を含めれば、ゴロゴロいる)


 離れた先輩は、明るく言う。


「誰も見つからないのなら、異常なしだ! ……帰るぞ」



 ――ネオ・ポールスター署


「俺、やっぱり見てきます! 本当に女性がいたら、心配ですし……」


 驚いた警官は新人を止めようとするも、首を横に振った。


「そうか……。気をつけろよ?」


 言外に、俺は行かないと伝えた。



 ◇



 濃紺のシスター服を着た女は、魚人間に連れ去られた女を追跡中。


「……彼らは、帰ったようね」


 警官に見つかりそうで、冷や冷や。


 消すのは簡単だが、今は騒ぎを起こしたくない。


 とにかく、奴らの拠点だ……。


 気を取り直した美女は茶色のブーツとは思えない、無音の移動。


 連れ去られた女につけた装置は、メガフロートの地下へ向かっている。


「生殖にしては、不自然な動き。……やはり、邪神の復活か」


 終点に辿り着いたシスターは床を探りながら、つぶやいた。


 灯りはなく、暗闇の中。


 片目の暗視スコープで、周囲を見れば――


 “採掘施設 第354~”


 海底へ続く、炭鉱のような入口。

 鉱物を運ぶためのベルトコンベアーなどの設備も……。


 どれも古ぼけていて、数十年前に放棄されたようだ。


 きらびやかなメガフロートとは、思えない。

 

「楽しくなってきた……。そろそろ、ラヴァンダを呼ぼうかしら?」


 シスターは、決断を迫られた。


 今ならば、先ほどの女を救い出せるかもしれない。

 邪神の復活が目的なら、そう簡単に動けないはず。


 どうせ本隊を呼ぶのなら、誤差だ。


 腕を組んだシスターは、しばし悩む。


 下にも、敵はいるだろう。

 『深海に住むもの』は、いくらでも倒せるが――


「クトゥルーの従属神クラスは、厄介ね……」


 少なくとも、単独で突っ込む相手にあらず。

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