第82話 私、現役JKのアイドルになります!

「お手数をおかけしたこと、お詫び申し上げます……」


 頭を深く下げた綾小路あやのこうじ桔梗ききょうに、室矢むろやカレナは手を振った。


「構いません! あなたの立場では、断れなかったでしょう? 軍のエリアで話せば、盗聴されて当然……。通信とサーバーなしでは暮らせない現代社会で『軍用兵器がハッキングされた』とは、口が裂けても言えず! 私のほうは、自分で何とかしますから」


 首肯した桔梗は、簡潔に話す。


「例のファンですが……。可能な限り、早めに接触したいです」


「あなたがケジメをつける形で?」


 カレナの質問に、桔梗は同意する。


「はい! ですが、解決を優先したく存じます」


 思案したカレナは、端的に述べる。


「あなたの方針で、進めてください! それから……私ともう1人も、彼女につきます」


「よろしいので? そちらは、弊社のグループで対応しますが……」


 驚いた桔梗は思わず、問い返した。


 アドバイスや犯人の指摘とは違い、調査対象に張り付けば、その負担は大きい。


 ルートが不明な場合は、約3人と運転手の車1台によるチームが必要だ。

 それだけの人件費と、追いかけるための実費に。


 カレナを呼びつけたうえのお願いで、それは借りが大きすぎる……。


 けれど、言い出した本人は笑った。


「あなたには悪いですが、お遊び! 知らないほうが良いことも多くて……。正体不明のストーカーの排除と、必要なことだけ教える。成功報酬は、あとで決定。……どうですか?」


「こちらに有利すぎて、怖いですね……。いえ、それでお願いします」


 桔梗を見たカレナは、付け加える。


「その代わり、私たちはフリーハンドで動きます。……紫苑しおん学園の通信制で、高等部1年の学籍を2人分」


「明日中に用意します! 伝手がありますから……」


 カレナは、ポツリとつぶやく。


「あの秘密結社が、まだ健在とは……」


 黒曜石こくようせきの会。


 これは、室矢重遠しげとおに処女を奪われ――


 テレビ中継をしている先進国首脳会議で、それを宣言しかけた後に、カレナが作った秘密結社である。


 当時は重遠たちと一緒に、紫苑学園へ通っていた。

 そこの女子たちを集め、高級ホテルの会議室で1日がかりの実況をしたのだ。


 カレナと会員が承認した女子に限り、自分の初体験を詳しく話すことが入会条件の『黒曜石の会』へ……。


 綾小路桔梗は紫苑学園のOGで、『黒曜石の会』の一員。

 その関係で、カレナや室矢家の実態をよく知っている。


 現地の荒月こうげつ怜奈れなにより、再び姿を現したカレナを上京させた。


「今は紫苑学園だけではなく、東京の有名校を中心にした女子グループです。男は、いません」


「そうですか……。私は、戻りませんよ?」


 残念そうな顔の桔梗は、何も言わず。


 カレナは、付け加える。


「ディアーリマ芸能プロダクションの専属アイドルという身分……。これも2人分です」


「そちらも、明日に用意しますが……。大丈夫でしょうか? 正式な契約をすれば、映像の扱いはウチも口を出せないです」


 桔梗の問いかけに、カレナは笑った。


「どうせ重遠がいないから、羽を伸ばします! それに、『駆け出しのアイドル』という同じ立場であれば、疑わしいアイドルと友人になれますから」


 カレナは、真剣な表情に。


「マヴロス芸能プロ……。切りなさい」


「確かに、不自然な急伸でしたが――」

「奴らのバックは、海外マフィアです。日本の常識は通用しませんよ?」


 真顔になった桔梗は、小さくうなずいた。


「ただちに……。弊社でも契約の見直しと、抱きこまれた関係者を洗っておきます」


「一部は、私たちに食いつくでしょう。そちらは、自分で対処します……。多少の損害があろうとも、うみを出しておきなさい!」


 桔梗は、率直に質問する。


「彼らは……何者ですか? あまりに、急激な躍進でした」


「そうですねえ……。一言で説明するのなら……」


 ――悪徳プロダクション?


 カレナの言い方は、ゲームの悪役を示すようだった。


 けれど、その実態を知れば、正気が削られる。



 ここに、カレナの芸能活動が幕を開けた。


 可愛い?


 美人?


 それは、履いて捨てるほど。


 大手の芸能プロの専属になれただけで、事件の中心に置かれたアイドルは勝ち組。

 だけど、仕事がなく、レッスン漬け。


 別の意味で正気を投げ捨てている業界に、室矢カレナが挑む!


 

 桔梗が思い切って、訊ねる。


「あなたには、もう全体が見えているのでは?」


「ええ、そうです……」


 なぜ、ストレートに解決してくれないのか?


 責めるような視線で、カレナは肩をすくめた。


「桔梗……。私はできるだけ、干渉したくありません。それに、いきなり解決しては、周りが納得しないのです」


「それは……はい」


 しぶしぶ納得した、桔梗。


 立ち上がったカレナは、宣言する。


「では、明日から……」



 ――現役JKのアイドルになります!

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