第47話 彼は刑事になりたかった(前編)
――55年前
『何としても、ホシをあげるぞ!』
どうやら刑事ドラマのようで、スーツ姿の男たちが勇ましく動いている。
この時代は携帯電話もなく、せいぜい車載電話だ。
街中の監視カメラなど、夢のまた夢。
声が大きく、腕っぷしのある集団が、全てを決めた時代だ。
ぶん殴って脅せば、おおよその人間は黙る。
悪意のある
山間部にある多冶山学園は、全員が個室だ。
全館システムの空調で、温度調整。
トイレ、水場はフロアー共用で、一度に大勢が使える。
1階に広い食堂があって、厨房で作られた料理をセルフサービス。
大浴場と、1人用のシャワールームも。
典型的な学生寮。
用を足してきた源二が、内廊下から帰宅。
バタンと閉めて、内鍵をかけるも――
テレビを見ている黒い物体に、驚く。
「だ、誰!? ……ス、スライム?」
RPGをしていた源二は、その知識から推測した。
同じく驚いた素振りの物体に、声をかける。
けれど、黒スライムは放送中の刑事ドラマが気になるらしく、テレビのほうを見たまま。
迷い込んだ猫のような仕草に、源二はクスリと微笑んだ。
「いいよ! 一緒に、見ようか?」
大喜びで、
この瞬間に――
神話生物のユゴスと、ありふれた少年の、世にも奇妙な交流が始まった。
――50年前
加藤源二は、10歳。
実家に不要と見なされ、密かに眠らされた後で、そのまま解剖室へ運ばれる。
バラしを担当する医師、
『先生……。今回は、俺がやりましょうか?』
驚いた表情で、助手をしている男を見た。
まだ若いが、殺人の前科を持つ。
出所後に、この汚れ仕事をさせるため、住み込みで雇われた。
ニタニタと笑い、下品を形にしたような男だ。
猫背で下から見上げるような視線に、秀鮃は嫌悪感を覚えつつも、言い返す。
『これは、私の仕事だ……』
『今回ぐらい、良いじゃないですか……。先生だって、お辛いんでしょう? 分かりますよ……』
罪悪感で動けなくなった秀鮃は、こいつを信用していいのか? と疑う。
それを感じ取った正々は、ニマーッと笑う。
『一度、やってみたかったんですよ……。ガキをバラすってこと! お願いします。このとーり!』
拝むように、懇願した。
『勝手にしろ! ……今回だけだ』
鏡に映った自分を見たように思えた秀鮃は、思わず叫んだ。
その勢いで、解体する道具を置き、解剖室の外へ出ていく。
正々は、解剖室のドアを閉めた。
冷凍しておいた金属の大きな筒を運び出し、密閉の
解剖台に寝かしている源二を揺さぶった。
(坊主! おい、坊主! 起きろ!!)
「ん……? こ、ここは――」
口を押さえた源二は、手早く説明する。
(てめーは、殺される直前だ! 死にたくなかったら、俺の言うことを聞け! いいな?)
――30分後
解剖室のドアが、開いた。
『進捗は――』
心配で戻ってきた、梶駒五秀鮃。
彼は解剖台の上にある血と肉のデコレーションに絶句した。
振り返った大根正々は、嫌らしい笑みを浮かべる。
『いや、楽しいもんですなあ……。先生も見ますか? この腕なんか――』
『片付けも、お前がやっておけ!』
怒鳴った秀鮃はくるりと背を向け、解剖室から出ていった。
正々は死体袋を用意して、まだ無事な源二を入れ、その上から血肉がついた骨、内臓を詰めた。
このダミーは過去の分で、こっそりと集めたものだ。
(我慢しろよ? 声を出すんじゃねえ……)
台車に載せて、外の見張りをパスしながら、死体を捨てる場所へ運ぶ。
秘密トンネルの先は、山にある崖。
正々は、死体袋に
(じゃあな! せいぜい、頑張りやがれ……)
回収の車が到着する前に、源二はのそのそと這い出て、言われた通りにチャックを閉め直した。
全身が濡れているうえ、あまりのショックで、思考停止のまま。
「に、逃げなきゃ……」
それでも、ヨタヨタと歩き出し、山の中を歩き出した。
ここではない、どこかへ。
――1時間後
加藤源二は、山の中で倒れていた。
普通の靴もなく、全身が濡れた状態では、当然の結果だ。
薄れゆく意識の中で、見覚えのある黒い物体。
それは人の口を作り、刑事のように叫ぶ。
『加藤!』
神話生物のユゴスは、彼がいつもの時間に帰ってこないため、大慌てで探したのだ。
ここで助けを呼べば、あるいは一命を取り留めたかもしれないが……。
ユゴスは人間ではなく、そもそも、どうすればいいのか? も知らない。
自身が完全生物のため、『脆弱なタンパク質の塊』と同じ視点で考えられず。
源二といつも一緒に見ていた刑事ドラマの声真似で、繰り返すだけ。
『加藤! しっかりしろ!!』
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