第36話 学校に必要ないはずの解剖室

 テレビで見た軍のシェルターを思わせる、堅牢なトンネルの中。

 爆撃にも耐えられそうな半円は、車が通れるほどの横幅と高さがある。


 芽伊めいはバッグから機材を取り出して、そのハンディカメラを向けた。

 声を出せば、反響する。


『れ、れいかチャンネルです! 私たちは、あの多冶山たじやま学園に来ています!』


 隣を歩く春花はるかがびっくりした声で、尋ねてくる。


『せ、先輩?』


『ここまで来たら、せめて映像に残そう! じゃないと、本当に、何をしに来たのか分からないよ! 春花は周りを見ていて! 先行した怜奈れなに、早く追いつこう』


『は、はいっ!』


 ビクッとした春花は、後ろを振り返った。


 オレンジ色の照明によって入口まで、はっきり見える。


 ……サイレンを鳴らした警察は、まだ到着していないようだ。



 芽伊はハンディカメラ越しに、前を見た。


 怜奈の後ろ姿が、50mほど前方で、立ち止まっている。

 どうやら、側面のドアが気になっているようだ。



『怜奈?』


 カメラを構えたままの芽伊が、追いついた。


 フレームがある映像の中にいる怜奈は、カメラ目線に。


『ここ、“解剖室”って、あるわ……。ネット上のうわさは、本当だったのかしら?』


 オレンジ色に染まった怜奈は、カメラ越しにも、顔色が悪い。


 だが、その金属のドアに手をかけ、動かす。



 ギギギッ


 芽伊と春花の願いも虚しく、そのドアは開いた。



 怜奈が先に入り、壁にあるスイッチを動かす。


 パチッ


 天井にある蛍光灯の音が続き、無機質な空間を照らし出す。


 白い光が降り注ぎ、人を横たえるだけの部分と洗面器による解剖台が、目に入る。


 床はリノリウムで、排水用の溝の上には穴付きの金属板が敷き詰められていた。

 中央にある解剖用の設備は、赤茶色のメス、のこぎり、なたが無造作に置かれている。


「これ……人を解体していたの? こっちは……ヒッ!」


 レポーターの怜奈は、すみにある防水カーテン付きのシャワールームで、骨だけの手首を見つけた。


 ふたで密閉する金属のゴミ箱の中には、もはや判別できない、腐った後で乾燥した何かが捨てられている……。



 廃墟となった解剖室だが、あまりに違和感がない。


 まるで、病院の実習のように……。



 ここで、春花がポツリと言う。


「やっぱり、多冶山学園で生徒が虐殺されていたのは、真実だったんですね……。でも、おかしくありませんか?」


 怜奈が、すぐに応じる。


「な、何が?」


「だって、これだけの設備……主犯の梶駒五かじこまごに用意できるとは思えませんよ!」


 カメラマンをしている芽伊が、推理する。


「あの犯人は、お医者さんだったから! それぐらいのお金は――」

「いいえ! それは無理です!」


 すぐに否定した春花は、向けられたカメラを見る構図で、話を続ける。


「梶駒五秀鮃ひでひらめは、投資で失敗したことの揉め事があったようで、お金を持っていません! 仮にあっても、このトンネルを建設する段階で図面にしていないと……。梶駒五が払ったのなら、億単位だと思います! 医者が高収入でも、さすがに無理でしょう!? 医師免許を持ったまま、こんな僻地の住み込みで理科の先生というのも、きな臭い」


 黙り込んだ2人に、春花は疑問を投げかける。


「あの……。このトンネルと解剖室を見る限り、多冶山学園の理事長が知らなかったと考えるのは、少し無理があります。それに、梶駒五だけ、取り調べ中の拘置所で首を吊って死んでいて、用務員で共犯の大根おおね正々せいせいはつい最近の死刑執行」


 要するに、生徒の虐殺は多冶山学園の上層部によるもの、という話だ。


 警察や病院でなければ、解剖室を使う用途がない。



「当時の理事長は、れ――」

「はい、スト―ップ! この話題は、もう危ないから!! ね? もう帰ろ! そうだ、警察にこれを伝えてさ? 協力したってことで、入り込んだのと相殺にしてもらおう!」


 慌てた怜奈は、まくし立てた。


「……はい」


 こくりとうなずいた春花は、黙った。


「じゃ、撮影は、もう終わりってことで!」


 焦り出した怜奈は走るように、入口へ――


 すぐに戻ってきて、芽伊と春花のところでささやく。


(誰か、来た! 隠れて!!)


 ゾッとした2人は怜奈にならい、解剖台の陰でしゃがむ。



 ふと気づいた春花が、足音を立てないよう回り込み、入口の横へ。


 パチッ


 電気が消されて、真っ暗に。


 トンネルからのオレンジ色の光が、解剖室の中へ差し込む。


 壁際の暗闇でしゃがみ込んだ春花は、必死に気配を殺す。



 コツ コツ コツ


 ドアが開いたままの解剖室を覗く気配……。



 コツ コツ コツ


 どうやら、トンネルの出口へ向かったようだ。


 相手を確認しなければ、動きようがない。と思った春花は、勇気を出して、開いたままの出入口から、そっと覗く。


 長い金髪と、セーラー服の後ろ姿があった。

 その歩き方は、男に思えず。


「女子中学生? ……え?」


 思わず、声が出た。


 とっさに首をひっこめて、隠れる。


 立ち止まった少女が、こちらを見ている気配……。



 ゴゴゴゴ   ガタンッ


 重い物体をひきずる音が続き、やがて、ぶつかる音。



 しばらく、息を潜めていたら、再び、革靴の音。


 今度は解剖室に興味を示さず、戻っていった。



 そっと覗いた春花は、安全だと確認。


 解剖室の電気をつけた後に、話しかける。


「先輩? もう行ったようです……」


「す、すぐに出ましょう!」

「ええ……」


 ところが――



「あ、あれ? 道を間違えたかな? ハハ……」


 怜奈は行き止まりで、乾いた声を出した。


 ハンディカメラを構えたまま、茫然とする芽伊。


 ある程度は覚悟していた春花が、説明する。


「レナ先輩……。ここが、私たちが入ってきた場所ですよ?」


 2人の視線を感じながら、決定的な言葉を口にする。



 閉じ込められたんです、この学園に……。

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