第37話 ウサギはよく逃げる

 唯一の出口を塞がれ、立ちすくむ、女子大生3人。


 我に返った怜奈れなは感情的に叫ぼうとするも、一番冷静な春花はるかによって口を塞がれた。


(レナ先輩! 叫んだら、人が来ます! 落ち着いてください!)


 ビクッとした怜奈は、春花を見た。


 うなずくことで、自分の意思を示す。


 手を離した春花は、ハンディカメラを回している芽伊めいも見ながら提案する。


(とにかく、ここから脱出しましょう! 警察に逮捕されても、さっきの解剖室から多冶山たじやま学園のほうがヤバすぎます!)


(どうするの? さっきは開いていたから、操作できる場所を探す?)


 怜奈の問いかけで、春花は悩んでいる顔に。


(それもいいですけど、制御室が近くにあるとは限りません。それに、隔壁が動いた以上は、私たちが見つかった可能性も……)


 言われてみれば、ここに監視カメラがあって当然だ。


 怜奈は思わず上を探すも、目立つドームはない。



 春花は少し躊躇ためらった後で、話し出す。


(さっき、金髪の女子中学生らしき人物を見かけました! 今になって思えば、私たちと同じ廃墟探索をしていたのかも……)


 ハンディカメラを構えたまま、芽伊が発言する。


(それなら、私もここへ到着する直前に見たわ! 顔は?)


 首を横に振った春花は、説明する。


(私が見たのは、セーラー服の後ろ姿だけ。彼女が振り返る前に隠れました……。ただ、奥からやってきたので、多冶山学園を知っている可能性があります。私たちも同じ方向へ進み、彼女と合流してみませんか?)


 怜奈は、ため息を吐いた。


(そうね……。どっちみち、多冶山学園に出るしかない! 早く動きましょう。ここ、警察の部隊も全滅しているし、発見されているのなら危険だわ)



 ――寄宿舎


 トンネルの奥へ進めば、開いたままの出口。

 山を切り開いた平地だけあって、崖から出てくる形。


 周囲には管理されていない木々や植物が生い茂り、ちょうど良い遮蔽物しゃへいぶつだ。


『こちらは、――県警だ! 立て籠もっている犯人に――』


 男の声が、暗闇に響く。

 全く同じ調子で、録音を流しているようだ。


 遠くには、ナイターで使いそうな照明。



 女子大生3人はトンネルの出口から暗がりを伝い、久々に外の空気を吸った。

 全員で固まり、少しでも発見されないよう、片膝をつく。


 春花が、2人の先輩に尋ねる。


(どうしますか?)


(ここは……寄宿舎ね! 入れるのなら、調べてみたいわ! 警察に保護されるとしても、情報を集めておきたいし)


(隣接しているのは鶏舎もある厨房と、それに繋がっている食堂……。寄宿舎を上れば、窓から全体を見られそう!)


 反対はなく、3人で寄宿舎を回りつつ、入口を探す。


 時代を感じさせる建物だが、崩壊している様子はない。



 校舎のような玄関は、開け放たれたまま……。


 靴は各自で持ち運ぶらしく、学校のような靴箱の列はなし。


 左側に、小窓があるカウンター。

 どうやら、管理人の部屋か事務室のようだ。


 暗いままで、人の気配はない。


 3人は、こそこそと入り込み、土足で内廊下へ……。



 案内板によれば、1階は教職員の寮と幼稚園。

 2階から1フロアずつ、小学生、中学生、高校生の寮だ。


 とりあえず、近くの内階段から、最上階へ。



 ここは、多冶山学園の外周。

 彼女たちが侵入したトンネルは、切り立った崖だ。


 それを背負う形で、団地のような寄宿舎がある。



 女子大生3人は内階段の踊り場で、窓から外を見る。

 正気を保つ手段のように、ハンディカメラを回し続けたまま……。


 高所から中央を見れば、グラウンドを囲むように3つの建物。

 警察が車両の照明をつけていて、はっきり見える。


 校舎の中は暗く、その対比で、余計に中が見えにくい状態。


(どうする? グラウンドへ出ていく?)

(あの雰囲気じゃ、いきなり撃たれそう……)

(たぶん、スナイパーが配置されていると思います)


 その時に、ドスンドスンと、足音が聞こえた。


 春花は、先にトンネルから出た、金髪少女かな? と思う。


(たぶん、さっきの女子中学生ですね……。会ってみます)


 言うが早いか、足音が聞こえた最上階へ上り、内廊下に足を踏み出した。


「すみません! あなたも、ここで廃墟探索を――」



 そこにいたのは、テーマパークにいそうな、着ぐるみだった。

 ウサギの頭で、可愛いデザイン。


 2つの赤い目が、爛々らんらんと光り。

 口の中のサメのような歯と、胸元まで垂れている大量の血痕がなければ……。


 成人の男を一回り大きくしたサイズで、さっきの女子中学生が入っているとは思えない。


 春花は不意を突かれて、思わず話しかける。


「あ……。ず、随分と、イメチェンしました――」

『ガアァアアアッ!』


 血だらけの着ぐるみが、雄叫びを上げた。


「先輩、逃げて! あとで、合流しましょう!!」


 負けじと春花も叫びながら、前へ走り出した。

 下の踊り場にいる2人を巻き込まないため。


 しかし、この判断は、彼女の命も救うことに……。


 背中を見せて逃げ出すと思っていた着ぐるみは、春花が正面から向かってきたことで脇をすり抜けられた。


 振り返って、そちらを追いかけようとするも、その前に女子大生2人を見たことで判断に迷う。


 怜奈と芽伊は着ぐるみを見て、踊り場から下の階段に駆け出した。

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