第38話 教本に載っていない夜戦

 多冶山たじやま学園の寄宿舎で始まった、デスゲームの鬼ごっこ。


 ウサギの着ぐるみは、自分に向かってきた春花はるかを追う。

 なぜなら、下の踊り場にいた芽伊めい怜奈れなはもう姿が見えないから……。



「グラウンド! グラウンドに向かって!! 警察が狙撃できるから、撃ってもらえばいい!」


 怜奈の声だ。


 背後から迫る大きな足音を聞きつつも、長い内廊下を全力疾走している春花は思う。


 簡単に言ってくれる……。


 だが、足を止めれば、ノコギリを並べたような口で食われてしまう。


 次の内階段に辿り着いた春花は、懸命に下りていく。



 1階の正面玄関から走り出た春花。


 そのまま、ナイター試合ができそうな、明るいグラウンドへ……。



 ◇



『立て籠もっている犯人に、告げる! ただちに――』


 大音量のアナウンスは、春花が飛び込んできたことで止められた。


 代わりに、配置されている部隊の声。


『あ、あー! こちらは――県警だ! そこで止まり、両手を上げなさい! 抵抗すれば、発砲する!』


 けれども、後ろを気にする春花は、グラウンドを横切るように走ったまま。


『止まりなさい! 次は撃ちますよ!?』


 小隊長がスナイパーの1人へ、威嚇射撃を命じかけた時に――



「た、助けてください! 着ぐるみの化け物に追われていますっ!!」


 グラウンドの反対側に差し掛かった春花は、ようやく立ち止まった。


 まぶしい光に照らされたまま、両手を上げつつ、自分の後ろを指さす。



 そちらを見た警官隊のリーダーは、自分の目を疑った。


 まさに、ホラー映画かゲームに出てきそうなウサギ頭の着ぐるみが、ドタドタと走ってきたではないか!


「た、助けて!!」


 両手を上げたままの春花の叫びで、小隊長は我に返った。


『発砲を許可する! ミミズク1。着ぐるみに威嚇射撃!!』


 声をかけて制止する暇はないと判断した命令で、狙撃チームが着ぐるみの進行方向に着弾させた。


 バシッ ターンッ!


 ライフル特有の発砲音が、山間部に響いた。


 着弾した部分で、グラウンドの土が吹っ飛ぶ。


 着ぐるみは、減速せず。



 舌打ちした小隊長は、ついに命じる。


『ミミズク1。着ぐるみを無力化しろ!』


 手動で次弾を装填したスナイパーは、偏差射撃により、胴体の中央を狙う。


 今度は当たった。


 ……まだ動く。


『なっ!? 構わん、全員で撃て!!』


 待機している狙撃チームが慌てて、発砲する。



 カシャ キンッ

 

 昔の戦争のごとく、次々にボルトハンドルが動いては、次弾を撃つ。


『ミミズク1。箱から、次の実包を詰めます!』

『ミミズク2。同じく装填中!』


『ミミズク3。残弾2です! 指示を!』

『小隊長よりミミズク3へ! 別命あるまで、待機せよ!』


 着弾したら、その衝撃で体が捻じれて立ち止まるものの、倒れる様子はない。


 警察の小隊長は、こいつ、ヤクで興奮しているのか? と疑った。



「あ、あ……。いやあぁああっ!!」


 その様子を見ていた春花は、自分の近くにライフル弾が飛んでくることもあり、恐慌状態に陥った。


 両手を下げて、『ウサギの着ぐるみ』から遠ざかる方向へ走り出す。


 慌てた小隊長が、拡声器で春花に叫ぶ。


『ま、待ちなさ……くそっ! どうして倒れない――』


 グラウンドを挟んで、正面にある中等部と初等部の合同校舎で、小さな金属音。


 シャカッ


 その暗がりで、一部の窓が光った。



 ガガガガ!


 工事現場のドリルと、よく似た音だ。


 警官隊がいる場所に、バシバシと着弾した。


 至近を通りすぎた弾丸は、シュオッ! チュンッ! と、嫌な音を残す。



『ふっ!? た、退避いいぃいっ!! 見つけたチームは、すぐに狙撃しろ!』


 小隊長が命じるも、不意を突かれたことで、狙撃チームは位置を特定できず。


 その間にも、複数の窓からバババと連射される。



 バシッ バリンッ


 ナイターの照明が次々に壊され、グラウンドは暗闇に包まれた。


 今の狙撃チームに、ライフル用のナイトスコープはない。


 高いんだよ、あれ……。


 まして、熱源を映像にできるタイプは、尚更だ。



『総員、後退! 後退しろ!!』


 小隊長の叫びが、廃校に響いた。


 それを聞いたのか、校舎の窓からの掃射も止む。



 現代の軍でも珍しい、夜間の市街戦。


 この状況を打破するためには、戦闘ヘリが欲しい。

 次点で、主力戦車。


 そもそも、実弾で掃射される経験すら、軍の下士官コースでようやくある話だ。

 地方の県警であれば、どうすれば、いいのか? も分からない。




 野外に設置された司令本部は、もはやパニック状態。


「特型警備車――装甲車のこと――! 近隣の県警を含めて、とにかく片っ端から当たれ!! 数を揃えたら、一斉に突入する! 県警本部に連絡して、SWATスワット(スペシャル・ウエポン・アンド・タクティクス)も呼べ! ……ありったけだよ、バカ野郎!!」


 放水車はあったが、アサルトライフルの撃ち下ろしでは、たまらない。


 軍用とは違い、警察の車両は一般とほぼ同じ。

 正面のフロントガラスを撃たれれば、ただの的になる。


 だいたい、ライフル弾を防げるのはエンジンブロックだけ。

 薄い車体なんぞ、抜き放題だ。


 こうなった以上、専用の車両だけが頼り。


 前線は、ライフル弾が当たりにくい距離まで下げられ、壊れた照明車はそのまま放置。

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