第39話 カレナという時空の支配者

 中等部と初等部の合同校舎でグラウンド側へ撃っていた人影は、紛争地帯でよく使われる小銃を下ろした。


 撃たれまくった警察は、泡を食って逃げ出した後。


 窓から見下ろすも、暗闇に人の気配はない。



 カコッ


 下にあるバナナ型の弾倉は玩具おもちゃのような音を立てて、外れた。


 新しい弾倉で押し出しつつ、嵌め込む。


 側面のハンドルを引けば、一発の実弾が飛び出てきた。

 待ち構えていた手で受け止め、ポケットに入れる。


 同じく側面のセレクターを『安全』へ動かした後に、スリングで肩から吊るす。


「ふー!」


 外したマガジンにポケットの中の実弾を詰め、マガジンポーチに入れる。


 空マガジンは、基本的に回収する。

 決して、安いものではない。



 今回は退いたが、このままでは逃げ場がなくなるだけ。


 月明りだけの内廊下に出れば、違う教室で撃っていた仲間が顔を出す。


 数人で集まり、ぼそぼそと話し合う。


(頃合いか……)

(あのトンネルは、まだ見つかっていないか?)

(どうだろうな?)

(移動しながら、話すぞ! 時間が惜しい……)


 ドカドカと軍靴で内廊下を進めば、その先に人影。


 小銃に手をかけた集団は横へ広がり、立ち止まった。



 暗闇に溶け込みそうな人影は、女子中学生ぐらい。


 夜目により、長い黒髪で、紫がかった暗い青の瞳と分かった。



 銃口を下げたままで小銃のストックを肩に当て、両手で握ったリーダーが声を出す。


「俺たちは、出ていくだけだ! ……邪魔をする気か?」


 その少女は何も答えず、コツコツと前に歩き出した。



 カチ カチと、側面のセレクターが動く音。


 両足を固めた全員が一斉に、銃口を跳ね上げる。


 人差し指が、トリガーにかかった。



 近づいたことで、少女はゴスロリ系の黒ドレスと分かった。

 足元は、ピンク系のパンプス。


 銃口を向けられていて、全く動じず。

 ここにいる奴らは、見た目で判断しにくい。


 リーダーは、数発を撃った。


 バババと、大きな金属音。


 

 経験豊富で、十分な訓練もした。

 逃げ場のない内廊下とあって、必中の距離だ。


 ところが――



 目で追えないはずのライフル弾は、黒の少女に近づくにつれ、ゆっくり飛ぶ。

 思わず、手で掴めそうなほど……。


 対する少女は半身になりつつも、その射線上から退く。


 冗談のように、空中でノロノロと進む弾丸を追い越した。



「くっ!」


 それを見た集団はフルオートで、一斉に撃ち出した。

 トリガーが引かれ、内部の機構により弾丸が発射されるまでに、異常な時間がかかる。


 不発と判断した兵士は、側面のボルトハンドルを引いて抜弾しつつ、次の弾を装填する。


 いっぽう、黒の少女は滑るように一瞬で、横に並ぶ彼らのふところへ……。


 速い!? と叫びつつも、必死に動こうとする彼らは、異常なまでにゆっくり。


 黒の少女は、左右の手刀を振り抜く。


 その部位をすっぱりと両断された兵士たちは、致命傷を負った。

 暗い内廊下に、噴き出した赤色が舞う。


 役立たずの小銃を落としつつ、テロリストの集団は血の海に沈む。


 見当違いの推理を言いながら力尽きていく奴らに、首を横に振り、苦笑いのまま、答える。


「銃の凍結? 身体機能の低下? いいえ、違います。そこの時間の流れが、極端に遅くなっただけ!」


 今の芸当は、空間の切断でも、分解でもない。


「知っていますか? この宇宙は常に動いている……。それを『時間が進む』とも、表現できます。あなた方の一部だけ、その時間方向への進みを阻害したら……どうなると思いますか?」


 絶命した兵士たちは、もう答えられない。


 室矢むろやカレナは何もなかったように歩きつつ、独白する。


「物質とは、一時的な状態に過ぎません。通常の思考に対して、異常にズレた時間の流れ……。あの世で誇りなさい! たった今、宇宙そのものを感じたのです」



 バリケードで封鎖された教室の外に、カレナが立つ。


 内廊下でパンッと手を叩けば、教室の中にいる退魔特務部隊の隊員をちりに替えた旧支配者クタァール・ウティウスは、元の場所へ帰還した。


「はい、終わりです……。このクタァール・ウティウスは不老不死に一番近いから、魔術師には人気ですけどね? これ以上の注目で分かる人が集まっても、面倒になります」


 誰に言っているのか、説明した後に、再び歩き出す。


 先ほどのテロリストは、ここへ来るのに邪魔だったから、殲滅した。

 つまり、彼らが手を出さなければ、そのまま通れたのだ。


 なまじ、撃たれる前に撃つことが常識だったから……。


 自我があるクタァール・ウティウスのような存在に、喧嘩を売ってしまったのだ。



 カレナは、次の予定へ向かう。


「できれば、これ以上はToDoリストが増えないと、いいのですけど……」



 彼女を相手にすることは、宇宙を倒すに等しい。

 まさに、時空の支配者。


 室矢重遠しげとおに合わせていただけで、本来はこういう性格だ。


 蚊が飛んでいたから、叩いた。


 先ほどの虐殺は、それぐらいの認識だ。

 この神話的な事件を一から十まで解決してやる気はない。

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