第88話 2人は即戦力のアイドル

「はい……。はい、そちらへご案内いたします! ……失礼します」


 内線の受話器を置いた受付が作り笑顔で、カウンター越しに立つ室矢むろやカレナを見た。


「お、お待たせいたしました! 室矢さま、槇島まきしまさま! 大変恐れ入りますが、こちらの裏手にある養成所の受付へ、お願いいたします。正面玄関から出ていただき、左の道沿いです! ご足労おかけして、申し訳ありません」


 平身低頭の受付に、カレナはお礼を言う。


「ありがとうございました。そちらへ行きます……」



 ――附属の養成所


 重厚できらびやかな空間とは違い、裏手にある建物。

 実用性だけ、と言わんばかりの、レッスンスタジオだ。


 そこへ向かえば、地味な女子ばかり。


 本社ビルにいた女子と比べて、明らかにオーラがない。


 その流れを見たカレナは、思わずつぶやく。


「ああ……。本当は、裏口から入れと……」


「商品価値がない奴らを、取引先に見せたくないんだろうね」


 言い捨てた槇島皐月さつきは歩きながら、首を横に振る。


 女子の列がゾロゾロと、建物に吸い込まれていく。


 その一部に加わっている2人も、エントランスへ。


「おはーっす!」

「おはようございます」

「おはよーっす!」


 中は、意外にオシャレだ。


 研修中と一人前の区別がつかないまま、集団はロッカールームへ向かう。


 受付にいた女性が、カレナと皐月に気づいた。


 カウンターの外へ出ながら、挨拶する。


「おはようございます! 室矢さま、槇島さまで、いらっしゃいますね? ……お待ちしておりました。5番スタジオが空いていますから、どうぞ!」


 案内されたドアを開ければ、一面が鏡張りのダンススタジオ。


「壁際の椅子をご自由にお使いください! ただいま、担当者が参りますので!」


 スタジオの扉が、閉められた。


 下にはクッションパネルが敷き詰められ、天井から白い照明。


 同じく白い壁には、大きめの宣材写真――営業用の人物写真――が、絵のように並ぶ。

 養成所の卒業生で、成功した芸能人だ。


 カレナと皐月は、壁にある椅子に着席。


 しばし、広いスタジオを眺めた。


 ガチャッ


「ごめんなさいねー! 私があなた達の担当になった、水口みずぐちです! トレーニングだけではなく、マネージャーも兼ねているわ」


 動きやすい服装の、若い女だ。


 立ち上がった2人が、挨拶。


 水口は、きっぱりと告げる。


「社長の推薦と聞いているけど……。外で売り込むには、一定の基準をクリアしないとダメ! 『専属アイドル』は、尚更ね? とりあえず、レッスン生の課題で歌、ダンス、演技を見ていくから」



 ――1時間後


 全て終わり、スタジオの椅子に座ったまま、2人の講評へ。


「問題ないわね……。あなた達は、経験者かしら?」


 驚いた水口は、訊ねた。


「未経験です」

「神社の踊りと歌なら、多少……」


 カレナと皐月の返事。


 対面の椅子に座っている水口は、クリップボードに挟んだ書類を見ながら、書き込んでいく。


「そう……。結論から言えば、2人とも合格! すぐ現場へ出て、構わないわ! さすが、社長が直々にスカウトしてきた子ね」


 色々とチェックしていたが、ふと顔を上げる。


「ところで……。あなた達は、何か希望があるの? たとえば、『ドラマに出たい』とか、『映画に出たい』とか……」


川奈野かわなのまどか……。彼女と一緒に仕事をすることは?」


 カレナの提案で、水口は困った表情に。


「あの子か……。正直、オススメしないなー! 槇島さんは?」


「カレナと同じ意見だよ。……どうして?」


 腕を組んだ水口は、ゆっくり説明する。


「ここだけの話にしてね? あの子は、もうすぐ契約解除になるだろうから……。そうそう! 『室矢』と言えば、ウチの売れっ子、『瀬本せもとゆい』は、どうかしら? あの子は非能力者だけど、芸能界で大ブレイクしたから、名誉室矢よ! ちょうど女子高生で、年も近いし」


 興味の対象を変えようと、必死の水口。


 それに対して、カレナは首を横に振った。


「実は……。社長から頼まれて」


 言外に、『川奈野まどか』を推しているストーカーを捜査中と、告げた。


 水口は、何度もうなずいた。


「あー、そういうこと……。納得した! じゃあ、彼女と……ユニットでも組む? ちょうど、アイドルフェスがあるから! 全く仕事をしないのもマズいから、川奈野さんと3人での仕事を探します」


「お願いします」

「うん、それで……」


 水口は、カレナと皐月を見ながら、念を押す。


「瀬本さん、だけど……。ここや現場で会うことは、十分にあり得るから! そこは大丈夫?」


 『瀬本ゆい』に個人的な感情があったら、余計なトラブルだ。


 そう思った水口に対して――


「問題ありません」

「別に、嫌っているわけじゃないから!」


 頷いた水口は、元気よく告げる。


「分かった! 川奈野さんの紹介は、早めにセッティングするから! あとは……3人で受けられる仕事を入れていく。……学校のほうは全く気にしないで、いいのね?」


「はい」

「問題の解決を優先するよ……」

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