第89話 枕営業という現実(前編)【まどかside】
明るいステージと、暗がりにいる大勢のファン!
全身を貫く音と振動で、生きていると実感する!!
『みんなー! 今日は、ありがとー!!』
「「「わあああああっ!」」」
私は集まってくれたファンの期待に応えるべく、前奏を聞きながら集中する。
アイドルをやっていて、良かった!
こんな大舞台で歌えるとは、夢みたい!!
今は、この数分間に――
ジリリリリリ!
目覚まし時計の音。
ハッと目を覚ませば、見覚えのある天井。
「ゆ、夢だった……」
まだ寝ぼけている私は涙目で、ボソッと
いつもの登校。
代わり映えのしない日々。
「おはよー!」
「おはよう」
「昨日のドラマ、見た? ゆーちゃんの演技が凄くてさー!」
同年代の人気アイドル……女優と呼ぶべきだろうか?
ゆーちゃん、という愛称の『
同じディアーリマ芸能プロダクションの専属でも、雲泥の差。
私はかろうじて、ライブや、クレジットされるかどうかの端役だけ。
片や、ドラマの主役、テレビCM、タイアップ……。
公立高校の制服。
スクールバッグに、教科書やノートを詰め込む。
夢はない。
『ゆい』が街を歩けば、変装していても、すぐに注目されるだろう。
でも、私を見て、芸能人だ! と騒ぐ人はいない。
大手の専属というだけで、選ばれし存在。
ところが、最近になり、その小さな仕事もストップ。
大学受験や就職を考えて、そろそろ普通の女の子に戻ろうかと――
ブ――ッ
振動を感じて、スマホを見る。
……新着だ。
“
私のマネージャーである、関さんだ。
でも、売れていないアイドルを10人ほど、担当しているだけ。
最低限の対応で、感謝する気になれない相手。
何だろう?
私は『ゆい』と違って、何の旨味もないのに……。
納得できない私は、続きを見て、ゾッとした。
“川奈野さんも、薄々は感じていると思いますが……。今のあなたには、仕事を紹介できません。なので、お早めに返事をいただきたく存じます”
完全に、脅迫だ……。
でも、関さんが言う通り、私の立場はヤバい。
周りに避けられているし。
ひとまず、“学校帰りに、お返事します” と返して、授業を受けた。
――放課後
部活動や帰りがけの遊びで、明るい雰囲気。
スマホで、“今から、立ち寄れますけど?” と打てば、すぐに、“本社のエントランスまで、お願いします” と続いた。
私の知らないところで、何かが動いている……。
帰宅するクラスメイトに交じり、憂鬱なまま、アイドルとしての場所へ。
――ディアーリマ芸能プロダクション
テキパキと動く大人たち。
学生ながらも、それについていくグループ。
私は裏口から敷地に入るも、外のベンチに座ったまま。
他の女子たちがレッスンや仕事で行き来する、その視線も気にならず。
「行きたくない……」
どうせ、契約解除の話。
下手すれば、お前のせいで案件が飛んだ! と損害賠償を吹っかけられる。
文字通りに、頭を抱えていたら――
「おい? 大丈夫か?」
男子の声だ。
ここは女子のアイドルが多く、非常に珍しい。
顔を上げたら、短めの黒髪に紫の瞳をした男子。
オシャレな服装だ。
どこかの芸能人、と思った私は、慌てて笑顔を作った。
「だ、大丈夫です! お見苦しいところを……失礼しました!」
キョトンとした男子は、首の後ろを掻いた。
「いや、君が謝る必要はないけど?」
あまりに普通の反応で、私は思わず笑ってしまった。
それを見た男子は明るい口調のまま、話を続ける。
「ここ、敷地の中だけどさ……。女子が1人でポツンといるのは危ない――」
「おい! てめえっ!!」
いきなり、別の声。
2人でそちらを見れば、怒り狂った男子がいた。
どこかのアイドルグループで、見かけたような……。
思い出していたら、その男子は私と話していた男子へ詰め寄る。
「このディアプロに迷惑をかけている
「は? 何を言っているんだ、お前?」
いきなり喧嘩を吹っかけられた男子は、目を白黒させるだけ。
「
胸倉をつかもうとした男子に対し、もう1人が靴底を滑らせつつ、相手の足を崩すように後ろから払う。
ダンッ! と、襲った男子が、後ろに倒れた。
私を心配してくれた男子は悠然と立ったままで、倒れたほうを見る。
「少し、落ち着けって……。俺は、その担々麺じゃないぞ?」
「今ので、お前は傷害の現行犯だ! ぜってー、逃がさねーからな!?」
その時に、スーツ姿の男たちが走ってきた。
立っている男子は興味なさげに、息を切らしている連中を見る。
「こいつ、俺を犯罪者にしたいようだが……。おたくら、ウチと喧嘩したいの? 返答によっては、マジになるけど?」
震え上がったスーツ男どもは一斉に、深く頭を下げた。
「い、いえっ! とととと、とんでもありません!」
「申し訳ございません!」
「ご不快な思いをさせてしまい、お詫び申し上げます!」
支配者にペコペコする、無様な姿。
それを見たイキり男子は、座り込んだままで呆然とする。
「あっそ……」
立っている男子は、ため息を吐いた。
私が、彼を
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