第77話 出来レースと不測の事態

 海に浮かぶメガフロート。

 その演習エリアは、普段ならば立入不可だ。


 スポーツ施設と同じ階段状になっており、固定の椅子が並ぶ。

 実弾や破片が飛んでくるため、トーチカのように分厚い防護壁。


 観戦スペースに入った人々は、空いている席に座る。


 大型モニターと席の小型モニターのどちらでも、外の様子が分かる仕組みだ。

 上等なシステムらしく、一面のガラス張りと同じ視界だ。


 命の危険があるため、ダイビングと同じく、“私は危険があることを理解したうえで~” の誓約書に承諾した形。


 軍事機密ゆえ、テロや迷惑行為を防ぐためにも、荷物はそれぞれでセキュリティボックスに入れて施錠。

 同性の軍人による点検や、国際空港と同じゲートも。


 かなり面倒とあって、ロボットに興味がない女性陣はあまり見られず。



 女の軍人が、説明を始める。


『この度は我々のMA(マニューバ・アーマー)対戦にお越しいただき、深謝申し上げます! 直接お見せできず、大変申し訳ございません。されど、実弾に限りなく近い模擬弾を使うため、万が一の事故を防ぐための措置です。ご理解のほど、よろしくお願いいたします……。さっそくですが、参加するMAについて――』


『対戦するフィールドは、廃墟になった都市の一部、または空き家を移転しています。これは国と自治体が認めた行為であり――』


 説明中の女は、片耳に嵌めているイヤホンに手を当てた。


 小さくうなずいた後で、ギャラリーを見ながら、微笑む。


『そろそろ、各陣営がウォーミングアップを始めるようです。以後は、リアルな演習場で動き回るMAをご覧ください! 緊急時の避難経路について今一度、ご確認いただきますよう、お願いします。では、ごゆっくり』


 頭を下げれば、パチパチと拍手。


 彼女は軍人らしい動きで、立ち去った。


 大型モニターと各自の席に、避難経路と、“トイレは、いつでも利用可” の案内。


「いよいよ、新型の出番か!」

「でも、試作機だろ? 勝ち目はないぜ……」


 軍事オタクか、訳知り顔で話し合う男たち。


「ロボットは、やっぱ燃えるよな!」

「女子は、全員がお断りだけどね……」


 美須坂みすざか町の永尾ながお拓磨たくまが元気よく言えば、メガネの蔵本くらもととおるは苦笑。


 徹の顔も、まんざらではない。


「僕らは、運が良かったよ! MAの模擬戦を見られるなんて……」

「おう!」


 少し離れた席に、室矢むろやカレナと、女子大生の丸原まるはら春花はるかの姿も。


 春花は、自分に気を遣ったのか? と思い、話しかける。


「すみません。私に付き合ってもらう形で……」

「大丈夫ですよ? MAに興味がありましたから」


 その時に、1人の女が話しかけてくる。


「失礼! そちらの方は室矢カレナさん……でしょうか?」


 2人が見れば、大企業で管理職をやっていそうな、30歳ぐらいの美女だ。


 思わず委縮する春花。


 カレナは、あっさりと答える。


「ええ、そうですよ! 桔梗ききょう……」


 かしこまった美女は、会釈した。


「恐れ入ります……。この観戦が終わった後で、いずれお時間をいただければ、幸甚こうじんに存じます」


 その圧力にビビった春花が、提案する。


「あ、あの! よろしければ、私の席をどうぞ!」


 困惑した桔梗は、おずおずと受ける。


「そうですか……。ご厚意に感謝いたします」

「は、はい!」


 後ろの席へ移動する春花。


 入れ替わりで、桔梗が座った。


 隣にいるカレナを見ながら、確認する。


「観戦が終わった後にしますか?」

「今からでも……」


 首肯した桔梗は正面の大型モニターで動き回るMAと、その振動が伝わってくるシアターに構わず、本題へ。


「分かりました。……今回の件、あなたはどのようにお考えでしょうか? わざわざ、お電話いただき、『助力を請える』と考えても?」


 ディアーリマ芸能プロダクションの社長。

 綾小路あやのこうじ桔梗の問いに、カレナは首肯した。


「込み入っているから、あとで説明します……。時間は?」


 手をあごに当てた桔梗は、すぐに答える。


「今晩でも……。そちらの都合に合わせます」

「なら、後ほど」

 

 後ろに寄りかかった桔梗が、息を吐く。


 よっぽど緊張していたようだ。


 それを見たカレナは、上品に笑う。


「心配せずとも、見捨てませんよ!」

「こちらは、崖っぷちです……。よろしくお願いします」


 大型モニターを見れば、日本の陸上防衛軍、その新型MAである『りんどう』が、廃墟都市の車道をホバーで移動しつつも、USFAユーエスエフエーの『ファランクス』を撃破。


 その発砲音と被弾する音が、はっきりと聞こえた。


「「「おお~!」」」


 感心した桔梗が、口を開く。


「陸防も、やりますね?」


「接待ですよ……。まったく撃破できないと、逆恨みされますから! 次はフォーメーションを組んで、追い詰めます。……ほら?」


 『りんどう』は被弾したことで、あっという間に集中砲火を浴びた。

 模擬弾ゆえ、中のパイロットは死亡せず、機体も原型を残している。


 撃破と見なされ、活動を停止。


 カレナは、椅子に身を預けた。


「はい、状況終了です! 1機で小隊と戦い、おまけに試作機……。負けて当たり前で、陸防のメンツも傷つかず! ……ん?」


 外にいるUS部隊が、どうにも落ち着かない。


 オープンチャンネルで、可愛らしい声。


『あのさ? 1機を小隊で囲むのは、どうかと思うんだよねー。私……』

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