第61話 槇島シスターズが神社で踊って歌う理由

『みんな、ありがとー!』


 明山あけやま神社の境内にある、臨時のステージ。


 そこで演奏していた集団は、ボーカルの女が感謝することで舞台から降りた。


 次のライブがあるため、大急ぎの撤収。


『15分後に、――の演奏となります!』


 そのアナウンスで、集まっていた人々が動き出した。


「意外に、良かったね?」

「チェックしておこう……」


 今日のメインイベントは、槇島まきしまシスターズによるダンスショー。


 せっかく人が集まるのなら、という考えで、ライブハウスのように前座の時間を売ったのだ。


 無名のバンドは、箱に出るだけで大変。

 安くないチケットを売ることは難しく、自爆か、友人や家族に買ってもらうのが、せいぜいだ。


 どうせ自分が稼いだ金を使うのならと考えるグループがいても、おかしくない。

 山奥の神社とはいえ、少し変わった環境で、良い思い出になる。


 待機しているバンドは、音合わせや機材のチェックに、余念がない。


 いっぽう、終わった集団は高い楽器を盗まれないよう、見張りを立てつつも、心地よい疲労感を楽しむ。


 現地に滞在する費用も考えれば赤字だが、観光を兼ねていると思えば、悪くない。


 ボーカルの若い女は、屋台で買ってきたパックの中身を食べつつ、喋る。


「けっこう、人が集まっているね!」


 他の出演者も、自分の感想を述べる。


「槇島は、まだ出てこないな……」

「重役出勤だろ! 今から準備しても、当分は待ちだぜ?」


 リラックスした雰囲気のまま、屋台メニューを口に入れていく。


「にしても、アレ、いいのかよ?」


 1人が指さした方向を見れば、槇島シスターズとの出会いを狙っているのか、ファンらしき連中が鈴なりだ。


 同じ境内にある槇島神社の本殿は、囲まれた状態。


睦月むつきちゃーん!」

「出てきて!」

如月きさらぎちゃーん!」


 そちらを見た女は、肩をすくめた。


「警備員もいるし、あっちが考えることでしょ? ……ゲッ!」


 顔をしかめた女は、笑顔で近づいてきた男に対し、顔を背ける。


「よう、モモ! お前も来ていたのかよ?」


「カンジ。何か用? 私たち、疲れているんだけど……」


「釣れないな! 俺、もうすぐメジャーデビューだぜ? 仲良くしておいて、損はないぞ!」


 眉をひそめたモモは片手で追い払いつつ、答える。


「それは良かったわね! じゃ、サヨナラ」


 チッと舌打ちした男は他のメンバーに構わず、くるりと背を向けた。


「やっぱり、自慢しに来ただけか……」


 バンドメンバーの1人が、モモの独白に応じる。


「でもよ……。あいつ、前から人気だったし……」


「所詮は、インディーズでしょ? アルバムが売れまくった時代なら、メジャーで億万長者もあり得たけど」



 ◇



 明山神社の境内は、ごった返していた。


 槇島シスターズの出番が近づくにつれ、山の石段を上った先である、せまい場所に人が増えていく。


 御神体ごしんたいである、槇島睦月。

 その巫女である外間ほかま朱美あけみも、目が回る忙しさだ。


 社務所に戻れないまま、授与所じゅよしょの手伝いや誘導。

 睦月たちの世話も行っている。


「んしょ……んしょ……」


 目立つ巫女服のまま、両手を使い、食事のケースを運ぶ。


 槇島神社の本殿の裏で、立ち止まった。

 非接触のセキュリティが作動して、ピッ! と電子音。


 それでも、玄関ドアは手動だ。


 ガチャッ


 横から伸びてきた手が、玄関ドアを開けた。


「あ、すみません! 助かりました……」


 両手で重いケースを下げたまま、裏口から入った。


「お邪魔しまーす!」


 若い男の声だ。


 よく見れば、モモと話していたカンジ。


「は?」


「あー、いいって! いいって! ……おほっ! 豪華な旅館じゃん! いいとこ、住んでるなー?」


 朱美が声を上げたら、その男は友人の家に入るような雰囲気で、彼女の横をすり抜けていく。


「あ、あの!? ここは立入禁止で――」

「君も入っているじゃん! 俺1人ぐらい、同じだろ? ね?」


 気障きざにウインクした男は、靴を脱ぎ、ドカドカと歩いていく。


「ちょっと!」


 追いかける声に構わず、奥を目指し――


 槇島如月きさらぎが、内廊下に立ち塞がった。


 女子中学生と同じ背格好で、ライブの衣装か、セーラー服だ。


「ここは、槇島神社の本殿です……。すぐに立ち去りなさい」


「如月ちゃん! 会いたかった……。俺さ、音楽のプロなんだよ! 色々とアドバイスしてあげるから、奥の部屋に行こうぜ? あ、睦月ちゃん達もいるかな? 大丈夫! 3人ぐらいは相手にできるから」


 カンジは、喜色満面の笑みだ。


「出ていきなさい」


 それを無視して、如月に近づいた後で話しかける。


「緊張しなくても、大丈夫だって! ……へー! けっこう、本格的な作りだね?」


 断りもなく、如月のセーラー服を触り出した。


 無表情の如月は男の手を払った後で、JCとは思えない、低い声に。


「思い出の衣装に、軽々しく触れるな……。私たちの歌と踊りは、高天原たかあまはらにおられる重遠しげとおさまに捧げるもの……。これが、最後の警告です。今すぐに出ていきなさい」


 カンジは、茶化す。


「ア、アハハ! 俺も、夜は強いんだぜ? その重遠って奴にも負けないって! ライブが終わったら、今夜は俺のためにも踊ってくれないか――」


 異能で身体強化をした如月が、片足を前に滑らせつつ、カンジとすれ違うように、後ろへ回り込む。


 腰を回転させ、振り向きざまで、相手の首の後ろに手刀を振るう。


 パキャッ!


 脱力したカンジは、膝から崩れ落ちる。


 ゴンッ!


 頭が、板張りの廊下に叩きつけられた。


「この方は、気を失ったようですね? こちらで介抱しますから。心配ご無用です」


 にっこりした如月は、付け加える。


「朱美さま! お食事をお持ちいただき、感謝申し上げます。そこからは、私共わたくしどもが運びますので……」


「ひひひひ、ひゃい! 失礼にゃした!」


 どう見ても首の骨がへし折られた光景に、朱美はガクンガクンと首を縦に振りつつ、外へ逃げ出した。

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