第21話 どいつもこいつも恋愛脳!【睦月side】

 しのざと高校。

 放課後になった、その中庭。


 いたるところで部活動が行われており、様々な音が響く。



 人目を避けるように、一組の男女が向かい合う。


「兄貴が世話になった……」


 男子は深々と、頭を下げた。


 いっぽう、女子は息を吐く。


「成行だから、気にする必要はないよ。……お兄さんは元気?」


「あ、ああ……。おかげ様でな!」


 頭を上げたのは、3年の長門ながとまことだ。


 対する女子は、1年の槇島まきしま睦月むつき



「その……お兄さんに、家庭の事情を聞いたんだけど?」


「まあ、つまらねー話さ! ジュース飲むか? 座って話したい」



 睦月が応じたから、近くの自販機により、それぞれ紙コップを持った。


 近くのベンチで、隣り合う。


「夜の商売をしていた母親は、俺まで作った後にいきなり消えた……。父親は顔も知らねえ! 兄貴とはたぶん、父親が違うけどな」


「そう……」


 グイッと飲んだ誠は、中庭の花壇を見た後で、気を取り直す。


「俺らの家庭は、そんな感じだ! 兄貴は東京で頑張っているようだし……。『上手くいけば、お前も来ていいぞ?』と言われた。生きる気力が湧いてきたよ」


「地元だと、やっぱり厳しい?」


 睦月の質問に、誠は苦笑した。


「そりゃ、な? 兄貴が針鼠ハリネズミアイアンズの総長で……。卒業したら俺も下っ端として悪事をするしかないと思っていたさ! 就職で高校の推薦はないし、応募する気にもならん。どうせ、まともな企業からは門前払いだ」


「言っておくけど、僕のためとか、変に気を利かせないでよ? 迷惑だから。……あと、不良の更生をする趣味はない」


 一瞬だけ、言葉に詰まった誠は、睦月に応じる。


「お、おう! 地元でくすぶる連中に妬まれたくないし、この話は止めておくわ……。そうだ! お前は室矢むろやカレナの友人だろ?」


「……何?」


 警戒した睦月に、慌てて否定する。


「いや、そうじゃない! 前にあいつのクラスへ乗り込んで、喧嘩を売っちまってな……。本当は、自分で行って詫びを入れるのが筋だけど……。『次はない』と言われちまってて」


「ハイハイ……。連絡先も知らないから、代理で謝っておいてと?」


 両手を合わせた誠に、睦月が答える。


「言っておくよ……。用件は、それだけ?」


「おう! 兄貴を含めて、色々と迷惑をかけたな? 本当に悪かった……」


 ベンチから立った誠は、飲み切った紙コップをゴミ箱に入れた後で、去った。




 ――翌日


 槇島睦月が外間ほかま朱美あけみと一緒に登校して、1年4組に入ったら……。


「睦月ちゃん! 中庭で告白されたって、本当!?」

「誰?」

「3年の長門先輩!」


 クラスの女子が、一斉に群がる。


「ね? どうだった? OKしたの?」

「えー! あの先輩、怖いよ……。ねえ、睦月ちゃん。やめたほうが――」

「ダメだよ、ユーちゃん! そういうこと、言ったら!」



 お前ら……。


 他人事だと思い、目をキラキラさせやがって!?



 顔を引きらせた睦月に構わず、他のクラスの女子まで加わり、盛り上がる。


「うーん……。意外だな! 睦月ちゃんは『年上の優しいお兄さん』がタイプだと思っていたのに」


「それ、どこ情報?」

「ウチの兄!」


「ただの願望じゃん……」



「睦月ちゃんの好みは、グイグイと引っ張ってくれる年上だよね?」

「いいえ! 苦楽を共にする同年代! これは譲れない」

「自分の色に染められる年下は?」



「ね! で、返事は?」


 ハッとした睦月は、すぐに否定する。


「僕は、長門先輩に興味ないよ。『室矢に謝っておいて』と頼まれただけ……」


 露骨にガッカリした女子は、口々に文句を言う。


「なーんだ、つまんない!」

「1組の室矢さんも、謎だよね? どういう男子が好みかな……」



 高校時代の室矢重遠しげとおを思い出した睦月は、切なくなった。


 それを見ていた女子が、茶化す。


「お? 睦月ちゃんにも、やっぱり好きな男子がいるのかなー?」


「ん……いると言うか、昔の話だよ」




 ――翌日


 登校した槇島睦月は、机の上に置いたスクールバッグから教科書とノートを取り出して……


「え!?」


 机の中で、妙な手応え。


 触ったものを摘み、そーっと、出してみる。


 封筒だ。



 “読んでください。お願いします”



 ひょっとしなくても、ラブレターのようだ。


 すると――


「ああ、それ? 朝から皆が、せっせと入れていたよ」


 近くに立つ女子が、あっけらかんと教えてくれた。


 他の女子も集まり、口々に言う。


「睦月ちゃんに好きな男子がいると広まったらしく、焦った男子が一気に動いたっぽい!」


「モテモテー!」


「邪魔しないから、ゆっくり読んでね?」



 いったん机の上に出せば、軽く10通はある。


「うわあ……」


 思わず、声が出た。


「あ! ロッカーにも入ってるみたいだよ?」


 嘘だと言ってよ!




「前から、槇島さんのことが好きです! 僕と付き合ってください!」

「ごめんなさい」



「槇島! 俺と一緒に、陸上をやらないか!?」

「面倒だから、嫌です」



「彼女と別れてきたから――」

「そちらの事情は知りませんし、あなたとは付き合いません」



「睦月ちゃんが好きなのって、俺だよね? 気づかなくて、ごめん――」

「違います」



「俺は女子を10人ぐらい、抱いていてさ? 睦月ちゃんも、きっと――」

「帰れ!」



 敬語で喋る睦月。


 最初の1人に会ったことで、その流れを断ち切るのが難しくなったのだ。


 海岸に打ち上げられたクジラのように元気がなくなり、心配した有志によってラブレターの受付は終了。



 その流れを見ていた室矢カレナは、大爆笑。


 けれど、ある日、彼女が登校したら――


「ん?」


 手応えを感じて、それを出せば……。



 1通のラブレターだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る