第22話 御田木市の大統領

 室矢むろやカレナは、クール系のお嬢さま。

 さらに、一目で忘れないほどの美貌。


 御田木みたき市には、過疎化のエリアが2つ。

 その中で、限界集落と言える美須坂みすざか町に住む。


 廃墟をリフォームしているうえ、自給自足が可能。

 金を持っている雰囲気で、ド田舎とは不釣り合い。


 近隣との交流を避けているが、地元の顔役である佳鏡かきょう家の優希ゆきと仲良し。


 落ちこぼれの掃き溜め。

 しのざと高校に通っていることも、大きな謎だ。



 同じ美須坂に住んでいる槇島まきしま睦月むつきに、恋愛騒動があった。

 カレナは、全く関係ない。


 だが、女子の無責任なうわさと、男子の願望……。


「昔の彼氏を忘れられず、寂しがっているんだって!」

「へー!」


「聞いたか? 室矢も彼氏を募集していること!」

「マジ!? 睦月ちゃんはダメでも、室矢なら……」


 結果的に、睦月へのラブレター攻勢は、カレナに引き継がれた。




 ――1年1組


「た、大変だね……。ちょっと、力になれないけど……」


 困惑した佳鏡優希に対して、自分の机に突っ伏したカレナが、ゆらゆらと片手を動かした。


「参りました……。ですが、睦月の失敗を繰り返さないよう、誰にも会っていないので……」


 その睦月は困っているカレナを見て、大爆笑だ。



「こんな田舎だと、人気のある女子を口説いてヤることが1つのステータスだからねえ……。しばらくてば、落ち着くと思うよ? ブームに乗っかっているだけの奴も多いだろうし」


 希望的観測も交じっているが、今は耐えるしかない。


 優希の励ましを聞いたカレナは、こくりとうなずいた。



 カレナの友人は少ないが、顔役の優希や皆に愛想がいい睦月、さらに『室矢』というネームバリューで一目置かれている。


 前に絡んだ長門ながとたくも、睦月を通すことで謝罪した。


 イジメとは無縁で、その気になれば、一大派閥を築けるポジションだ。



 校内のアプローチは減っていき、平穏な日常が戻ってきた。


 その一方で――



「何だよ、あの高級車?」

「市長の氷山花ひょうざんかだって!」


 遠巻きに見ている生徒たち。


 そこに、正門から室矢カレナの姿。


 後部座席のドアが開き、いかにも私立っぽい制服の男子が出てくる。


「やあ! っと、室矢さん!?」


 無視されそうになり、男子は急いで名前を呼ぶ。


 立ち止まったカレナは、しぶしぶ振り向く。


「何でしょう?」


「僕は、ここの市長の息子の氷山花鷹侍たかじ! 同じ『室矢』だから、仲良くしたくて――」

「失礼ですが、感じる霊圧によれば、異能者とは思えませんが……」


 痛いところを突かれた鷹侍は、すぐにフォローする。


「あ、ああ! 非能力者としての名誉枠さ! だけど、この御田木市を良くしたい気持ちは父親と並び、誰にも負けない!」


「ご用件は?」


 自分の制服を触った鷹侍は、カレナを誘う。


「その……ここでは話しにくいから、家に来てくれない? 帰りも、車で送るから――」

「遠慮させていただきます」


 会釈したカレナは、立ち去る。

 だが、自身の権能であるにより立ち止まって、振り向いた。


 言うほど、便利なスキルではないが、ここで別れるのはマズいと出たから。



 怒りかけていた鷹侍は、カレナの行動に、慌てて笑顔を作る。


「ん? やっぱり、気が変わった――」

「カレナ! だ、大丈夫!?」


 走ってきた女子を見れば、佳鏡優希。


 けれど、近くまで来たら、鷹侍を見たまま。


「あ……」


「これは、佳鏡さん! お久しぶりです。親同士はいつも顔を合わせるけど、僕たちは珍しいですよね?」


 緊張した優希は会釈したまま、ギクシャクとした返事。


「ど、どうも……。お久しぶりです、氷山花さん……」


 視線だけで、カレナのほうを見る。


 だが、彼女は首を横に振った。


「私は大丈夫ですから……」


 ニヤリとした鷹侍は、余裕を取り戻す。


 優希に、勝利宣言。


「そういう事だから――」

「ご招待であれば、改めて伺います。それとも、氷山花家は学校帰りのレディを無理にお連れするので?」


 そう言われれば、弱い。

 今だって、多くの生徒や通りがかった大人が、ジッと見ている。


 思い直した鷹侍は気障きざっぽく、両手を上げた。


「負けたよ……。でも、その言い方だと、ウチが招待すれば来てくれるんだろう?」


「はい」


 満足そうに頷いた鷹侍は、後部座席へ乗り込み、車で走り去った。




「ごめん……。あいつ、市長の息子でさ! ウチは市議で、あいつの家は代々の市長……。佳鏡家や美須坂みすざか町がバカにされたのなら、ともかく。カレナ1人のために、地元の存亡をかけて戦うわけには……」


 一緒に帰っている佳鏡優希は、思い詰めたような言い方。


 市長は、その中にいる限り、絶対君主に近い。

 たかが市と言うこと、なかれ。


 一言でいえば、御田木市の大統領だ。


 特に田舎のほうでは公共事業の割合が高くなり、影響力が強い。

 優希の言い方は決して、大げさではないのだ。


 また、議会が形骸化して、市長に忖度そんたくするパターンになりがち。


 むろん市長も必死で、選挙の殴り合いは熾烈を極める。



 それに対し、目をつけられた本人は、どこ吹く風。


「自分で、何とかしますよ……」




 ――週末


『む、室矢様ですね? はい、伺っております! た、ただいま、迎えの者を出しますので。少々、お待ちください!』


 おい、早くしろ!


 送迎はいらない!

 正門まで、来ているから!!


 バタバタした声が流れた後で、思い出したように、ブツッと切れた。


 待っている間にも、開かれた門扉から列をなした高級車が入っていく。



「今日の客は多いようですね……」


 氷山花家のご立派な塀と、その正門から見える広大な庭を見ながら、制服姿のカレナは肩をすくめた。


 まさに、王侯貴族が住む館。

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