第20話 情けは人のためならず

 週末の昼。


 空は、よく晴れている。



「世話になった。何から何まで……」


 長門ながとたくは、深々と頭を下げた。


 その相手は、小柄な女子高生である槇島まきしま睦月むつき


「別に……。お前たちが『地元のワル』のままだと、都合が悪いだけ!」


「それでも……。全て、槇島さんのおかげだ……」


 息を吐いた睦月が周りを見れば、以前に襲い掛かってきた針鼠ハリネズミアイアンズのメンバーがいる。


 どいつも気まずそうで、所在なげにたたずむ。



 プルルル!


『二番線に――』


 ピィ―――ッ!



 御田木みたき市から東京へ向かえる主要駅のホームだ。


 部活の遠征のように大荷物がある拓は、彫りが深い顔で、ジッと睦月を見る。


「あんたに出してもらった、弁護士やら示談の費用……。いずれ返す。東京の住む場所と仕事まで、世話になったのだから」


「いらない! その分は貸しではなく、あげたと思っている。さっきも言ったけど、お前たちを救ったのは僕の都合だから……」


 睦月の拒絶で、拓は息を吐いた。


「そうか……。まあ、俺たちと関わりたくないのは当然だな」


「んー。別に、そういうわけじゃないけどさ……。5人とも、出ていくんだね?」


 全員を見て、睦月が尋ねたら――


「俺ら、北稲原きたいなばら町のニュータウンに居場所がないんで……」

「だよな! 針鼠アイアンズも解散しちまったし」

「槇島さんがいなかったら、ムショにぶち込まれて再起不能だったぜ」

「助かりました……」


 睦月は興味なさげに、総長だった拓を見る。


「しかし、僕らを襲った件でも不起訴とはねえ……。これ、警察が逃げたか?」


「あんたらが厳罰を望まず、俺らがバイクで走るのを止めて、過去の分も償ったから……だと思う」


 ふと疑問に思った睦月は、5人に聞く。


「そういえば、家族は? 上京する話にすぐ飛びついたけど……」


「母親は俺たちを捨てて、国へ戻った。父親は知らん」

「俺も、似たようなものっす!」

「右に同じ」

「言いたくない……」

「あんな奴ら、どうでもいいよ」


 闇が深いな、こいつら……。


 そう思った睦月は大きなリュックを降ろし、ゴソゴソと取り出す。


 1人ずつに、紙袋を渡した。



 不思議そうな連中に、睦月は笑顔で言う。


「サンドイッチだよ! 春先だけど、痛むから夕方までに食べてね?」


 驚いた拓は、笑顔に。


「すまない……。ありがたく、いただくよ」


「「「あざっす!」」」



 そのうちの1人は受け取りながら、しみじみとつぶやく。


「俺、家族から弁当をもらった事がなくて……」


 だから、闇が深いって!



「これも、あげる!」


 睦月は、小さな物体を取り出した。


 ポンポンと、順番に渡す。


 最初に受け取った拓が、不思議そうに見つめる。


「何だ……これは?」


「槇島神社のお守り! 僕がいるところ」


 考えていた拓は真剣な表情で、睦月に言う。


「払う……いや、払わせてくれ。お願いだ」


 残り4人にも言われて、睦月はそれぞれから千円札を受け取った。


 大事そうにお守りを握りしめていたグループは、やってくる電車に備える。



「そういえば、お守りは1年で交換したほうが良いらしいよ? ウチの神社に来れば――」

「い、いいのか? 俺たちが行っても……」


 拓の問いかけに、睦月は答える。


「うん! 僕はしばらく槇島神社にいると思うし。実家は嫌でも、ウチならいいでしょ?」


「……分かった。本当に、ありがとう」



 ホームに入ってきた電車へ乗り、彼らは地元を後にした。



 

 ――室矢カレナの自宅


 洋風のペンションの裏庭。

 小さな湖で釣りをするカレナと槇島睦月。


 結界のおかげで、防音もバッチリ。



「そこまで肩入れした理由は?」


「槇島神社の御神体ごしんたいが地元の暴走族を虐殺しました! では、外聞が悪い。ただでさえ広域団体の元幹部が消えて、大騒ぎになったから」


 カレナは上品にポテチを食べながら、同意する。


しのざと高校で過ごす時間も考えれば、恨みを買わないに越したことはないですね!」


「そうそう……。あの5人を消すのは簡単だよ? でも、状況的に、僕らが疑われる。明山あけやま神社の外間ほかま家も巻き添えさ! ああいう奴らに限って仲間意識が強いから、どこで誰に襲われるやら……。恩を着せて、『あいつは良い奴だ』と思わせたほうが、やりやすい」


 疲れた睦月を見て、カレナがいたわる。


「ご苦労様……。私のほうは警察の取調べで舐められたから、釘を刺してきました。……まだ殺していないし、消してもいませんよ? 常識ではあり得ない行動をしたから、今回の事件では大丈夫かと」


「あー! それで針鼠アイアンズだった奴らが、あっさりと解放されたのか……。やれやれ」


 横を向いたカレナが、睦月に尋ねる。


「かなり動いたようですが?」


「ん? ああ……。木席皮きせきがわを絶縁させるのに、千陣せんじん家を使った。口利きだけで、『借りを作った』と言うほどじゃない! 針鼠アイアンズの監視は、桜技おうぎ流の暗部に依頼したよ。朱美あけみとスローライフを送るためなら、安い安い!」


 カレナは再び、質問する。


「もし……助けた5人が味を占めて、金をたかるか、他所よそであなたの名前を出したら?」


 座ったままで、カレナのほうを見た。


 明るい声から、急に低くなる。


「その時は……消しておくよ! 朱美の心情と立場を考えたのが大きいだけで、あいつらが僕を襲ったことは事実だ。注目が集まっているタイミングでは、動きたくないだけ」


 元の声音になった睦月は、明るく言う。


「更生するなら、それが一番だし! レッテルで決めつける地元じゃ、どうにも――」


 ギリリリ


 セットしている釣り竿が、反応している。


「睦月! 逃さないで!!」

「うわっ!?」


 両手で釣り竿を握った睦月は死闘の末に、水面から出すも――



「「マグロォおおおおっ!?」」


 刀身のように光る巨体は、まさに食卓で大人気のお魚だった……。

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