第19話 室矢カレナ in 取調室

「あー。本部のお偉いさんは『手を出すな』という話だったが……。決めるのは、担当しているウチだ! とにかく、結論を出そう」


 刑事課長は、北稲原きたいなばら署の小会議室で口火を切った。


 長机をくっつけた場所で、緊張する面々。


 それを見回した後に、刑事課長は話し出す。


槇島まきしま睦月むつきは落とせないんだな?」


「はい。針鼠ハリネズミアイアンズみたいに留置場へぶち込んで粘れば、分からないっすけど」


 刑事課長は首を横に振った後で、話を続ける。


「槇島は現役の女子高生で、神社の御神体ごしんたいだ。外間ほかま朱美あけみと出頭したのも、バレる心配がないから……。消去法で、こいつが木席皮きせきがわの手下をやったのだろうが……。証拠がなく、自白も無理と! 時間を与えた結果だな」


 腕を組んだ課長を見て、他の刑事も自分の意見を述べる。


「針鼠アイアンズからも、聞けることはないですね。……室矢むろやカレナのことを除いて」


「廃工場のオフィスで見つかった死体の山は、木席皮の手下ですけど……。そちらも槇島が?」

「あるいは、室矢だろうなあ……」


「木席皮と手下どもは、あっちの組織で『知らぬ存ぜぬ』の一点張りですし」


「旧トンネル内の爆発でも、焼死体が見つかりましたが……。なぜか、戦車らしき履帯の跡が――」


 考えれば考えるほど、頭がおかしくなる状況だ。


 刑事課長は、残った仕事を片付けることに決めた。


「よし! とりあえず、皆の意見は分かった! 河守かわもり、お前が室矢カレナを取り調べろ」


「わ、私ですか!? でも、内勤で――」

「室矢がどういう性格か、全く不明だ。ウチの奴らじゃ普通に話しても、威嚇しているのと同じ。さりとて、課長の私が出るわけにもいかん。年輩の男だから、その意味でもな? 『隠していることを暴け』とは言わんから、世間話のつもりでやってくれ」




 ――数日後


 圧迫感がある取調室で、ちんまりと座る室矢カレナ。


 向かい合って座る女、河守は生きた心地がしない。

 笑顔を作るも、顔が引きっている。


 何しろ、県警本部の部長さまが直々に警告してきた相手。


 すみのデスクで記録係をしている強面の刑事はボディーガードで、必要なサインを出す役だが、全く安心できない。


 一連の殺人が彼女の仕業であれば、人知を超えたスキルを持つだろうから……。



「え、えーと……。今日はわざわざ、ありがとうございます! それで、室矢さんはあの室矢一族ですか?」


「はい。……しばらく引き篭もっていたので、そちらで調べても出てきませんけどね?」


 意を決した河守は、いきなり本題に入る。


「あの! ……先日、外間さんと槇島さんを取り調べたんですが。室矢さんについても、その時の行動を――」


 ズズズ


 向き合っているカレナは、カップに差したストローで何かを飲んでいる。


「うええぇえっ!? いや、ちょっと! 今、取り調べ中だから!!」


 河守が身を乗り出し、デスク越しでひったくる。


「これは預かります! 取り調べが終わったら、また飲んで……」


 片手で握っていたはずのカップがなくなったことで、河守は手をワキワキと動かした。

 けれど、カップは戻ってこない。


 振り返れば、隅の刑事も腰を浮かして、驚いたまま。



「では、この話が終わった後に、また飲みますね」



 カレナの声で、2人とも、そちらを見た。


 ずっと座ったままで、慌てた様子はない。



 茫然としたまま、自分の椅子に座り直す河守。


「今……何をしたの? この質問は遊びじゃないわ。答えなさい!」


 女子高生だが、殺人をしたと思しき被疑者に振り回され、河守は声音を変えた。


 両手で、デスクの上を叩く。


 隅から動きそうな刑事を見て、そちらを止めた。


 まだ、自分だけでやれると……。



「フフ、フフフフフフ!」



 返事は、おかしくてたまらない、と言わんばかりの笑い声だった。


 中学生といっても良いほどの姿で、カレナは微笑む。


「答えろ? もし四大流派の異能者に同じ質問をすれば、死んでも言わないか、相手を殺すでしょう」


「それは、警察官に対する『殺害予告』と受け取るわよ? 私の質問に――」

「まだ、私が話していますよ?」


 カレナは穏やかな口調のままで、さえぎった。


 河守はなぜか、言葉が出なくなる。



 再びカップを手にして、ストローで啜った後に、話を続ける。


「四大流派の異能者は、常に命懸けです。誰が相手であれ、自分のスキルを喋れば、それは死んだのと同じ。あるいは隷属……。だからこそ、寄親よりおやなどの関係で縛り、子々孫々まで上下関係があるのです。結婚相手も、ほぼ政略によります」


 カップを机に置いたカレナは、椅子から立ち上がった。


 逃げるでもなく、室内をテクテクと歩きながら、説明していく。


「推理するのは、自由です! しかし、本人に面と向かって尋ねた場合は、相手との殺し合いに他なりません。情報を得たと思われる人間を含めて……」


 ここで、河守のほうを見た。


「私が言えば、あなたともう1人……。書類や口頭で話したと見なせば、この北稲原署、もしくは県警本部。さらに警察庁も」


 フッと相好を崩したカレナは、優しく言う。


「初回だから、サービスしておきます! 私はスローライフを送りたいだけ……。そちらが敵対を選ぶのなら、次はお望みのように行動しますよ?」



 河守はようやく、話し出す。


「いい加減に……あれ? み、宮風みやかぜさん!?」


「い、いや……。俺にも分からねえ! 外を探してくる。お前はここにいろ!」


 言うが早いか、刑事は姿を消したカレナを追いかけるため、内廊下へ。



 残った河守は座ったままで、事務デスクの上を見る。


 そこには、あるはずがない、飲み切ったカップと――


「何……これ!?」


 1枚の書類を手に取れば、それは供述調書だった。


 “私は一連の事件について、何も覚えていません”


 よく見れば、そこにはカレナだけではなく、河守の筆跡によるサインと捺印もあった。


 署内で必要となる、管理職の分まで……。


「ひっ!」


 その事実に気づいた河守は、雨に打たれたように、汗が噴き出た。



 戻ってきた宮風によれば、署内での目撃情報は一切なく、監視カメラにもカレナらしき姿は映ってなかった。

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