第93話 瀬本ゆい
ディアーリマ芸能プロダクションで、本社に待機する身分。
一気に昇格した
この芸能プロは見目麗しい女子が多く、それだけに派閥がある。
同期の仲良しグループ、売れっ子の取り巻きと自分の身を守りつつも、仕事の紹介や業界の情報――あの人に関われば、いきなり部屋に連れ込まれるとか――を共有しているのだ。
ライバル同士で、仲が悪い。
しかし、群れなければ、弱い立場のアイドルなんぞ、一瞬で食い散らかされる。
派閥の中にも、色々な人間関係だが――
「いいよねー? 他人の威光で、仕事をもらえる人は?」
「ホント……」
「社長のお気に入りでいいなら、私だって立候補したいよ!」
聞えよがしの嫌味。
女子のやり口としては、初歩の初歩だ。
本社のエントランス。
高級感あふれるロビーで待つ『まどか』は、ソファーに座ったまま、必死に耐えていた。
今回の取引相手は控室で待つわけにもいかず、やむなく出てきた。
とたんに、笑顔で挨拶する女子たちが、さっそく攻撃。
出る杭を叩く、という意味もあるが、それ以上に嫉妬している。
本人の力で伸し上がったなら、ここまで動かない。
腹の中はともかく、表面上、にこやかに接するだろう。
だが――
「
この愚痴が全て。
彼女たちは、『川奈野まどか』を認めていない。
偉いさんへの枕営業だろうが、自分でやったのなら、まだ認められたが……。
「おはようございまーす!」
「お疲れ様です」
広い出入口が、騒がしくなった。
スーツを着た大人がへりくだった雰囲気で、取り巻く。
その中心にいるのは――
緑がかった青の瞳。
グラデーションになっているボブで、赤みを抑えたブラウンの髪。
女子高生ながらも大人のお姉さんという、少女っぽい雰囲気を残した、絶妙なバランス。
ディアプロの看板である、
キラキラと輝くような、オーラ。
いるだけで思わず注目してしまう、絶対的な存在。
芸能界にいるべきで、それ以外では生きられない。
「瀬本さん。お弁当と、いつものスイーツを用意していますので!」
「ありがとう」
「次の予定が決まり次第、お伝えします!」
「お願いします」
これだけチヤホヤされても、自然体だ。
エントランスにいた全員――受付嬢などは除く――が立ち上がり、ゆいのほうを見ている。
ピタッと立ち止まった『ゆい』は、周囲を眺める。
「……どうかしましたか?」
心配した取り巻きが、おずおずと訊ねた。
しかし、ゆいは返事をせず。
ツカツカと『川奈野まどか』のところまで、歩み寄った。
そのまま、ジーッと見つめる。
我に返った『まどか』が、頭を下げた。
「おおお、おはようございます!」
笑顔の『ゆい』はよく通る声で、返事をする。
「はい、おはよう……。あなた、見かけない顔ね?」
まどかは慌てて、説明する。
「えっと……。新しく、室矢さんと槇島さんの3人でプリムラというユニットを組みまして……」
「ああ!
「ハ、ハイッ! ありがとうございます!」
緊張したままペコペコする『まどか』に対して、『ゆい』は向きを変え、歩き出す。
次に立ち止まったのは、聞えよがしに嫌味を言っていたグループの席。
「お、おはようございます!」
「お疲れ様です……」
条件反射で、頭を下げる女子たち。
いっぽう、ゆいは『まどか』のほうをチラ見した後で、一言だけ告げる。
「そういうのは、好きじゃないの」
絶句したままの女子グループに、話を続ける。
「私も、嫌味の1つや2つは言うわよ? だけど……」
――あまり良い気分にならないわ
全身から汗を流した女子グループが、一斉に謝る。
「す、すみません!」
「あの……そういうつもりじゃなくて」
「申し訳ありません!」
「いいのよ? 向上心があるのなら、あなた達はさらに上へ行けるわ! 私が保証してあげる♪」
その笑顔と声に、最前線で輝いているアイドルたちが引き込まれた。
「は、はい……」
「分かりました」
「ごめんなさい……」
「分かれば、よろしい! さあ、もっと輝くために頑張りなさい?」
その言葉を聞いたアイドルの集団が、いそいそと去っていった。
海千山千の大人たちを相手にして、カメラを通し、全国の人間に見られることに慣れているはずの彼女たちが……。
彼女たちの目つきは、まるで信奉する存在を見ているかのよう。
トローンとした視線で、魅入られたまま、彼女の言葉を受け入れた。
この僅かな時間で、彼女たちは瀬本ゆいのファンになったのだ。
『瀬本ゆい』が恐ろしいのは、女子中高生にも絶大な人気を誇っている点。
流行のオピニオンリーダー。
彼女が言えば、皆がそれに
水着までのイメージビデオは、本番ありの動画よりも大きな反響。
脱がずに、男どもを果てさせた。
あまりの影響力で、そのイメージビデオは発禁の扱いに……。
彼女は、芸能界にいなければならない。
適切に管理しなければ、クラス、学年、その学校中を意のままに操るだろう。
まさしく、『室矢』にふさわしい本物。
――専用の控室
「ごゆっくり、お休みください!」
「ありがとう」
バタンと、ドアが閉じられた。
スマホを見ている瀬本ゆいは、ポツリと
「川奈野まどか……」
両手持ちのまま、指を動かす。
彼女が通う公立高校を探し当て、別のリストから1つの名前をタップ。
プルルルル ガチャッ
『ハ、ハイッ!』
女子高生の声だ。
「私よ? 1つ、お願いしたいことが――」
『が、頑張りますっ!』
「無理はしないでね? あなたのことが心配なの」
息を呑んだ相手は、意気込んで答える。
『いえ! 瀬本さんのお役に立てるのなら! 失礼します!』
ブツッ ツーツーツー
スマホを置いた『ゆい』は俯いたまま、笑い出す。
「フフ……」
おかしくて、たまらない。
そう言わんばかりの『ゆい』は、しばし、1人だけの時間を楽しんだ。
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