第94話 より低次元で推していく

 あの瀬本せもとゆいの、お気に入り。


 そのうわさは、一瞬で広まった。


 ここに至り、ディアーリマ芸能プロダクションで川奈野かわなのまどかを馬鹿にする者は、1人もおらず。



 どこかの教室で、オシャレな制服を着た女子2人が話し合う。

  

『カレナ……。最近、元気がないね?』


皐月さつき。お肌の手入れが面倒で……』


『んー? でも、ボク達の年で気にする必要は――』

 ガララ


 教室と内廊下をつなぐ引き戸が、音を立てて、開けられた。


『甘いわ!』


 カメラがアップにした制服の女子は……。


『『『瀬本先輩!?』』』』


 今を時めく、人気アイドル。

 瀬本ゆい。


 ゆいは教室内に入り、カレナと皐月に近づく。


『今から手入れをしてこそ、いつまでも美しくいられるのよ! そこで、これ! 思春期のお肌に適した配合で、しかも! 従来にない、簡単さ!』


『『おお!』』


 わざとらしく驚いた2人に、ゆいが、もう1人の『川奈野まどか』を引っ張る。


『ほら、あなたも!』


『は、はいっ!』


 3人をバックにして、ゆいが笑顔に。


『私たちも使っている、――! ぜひ、お試しください♪』



 場面が切り替わり、カレナたち3人、プリムラが踊っている。


 後ろのほうで、お姉さんポジの『ゆい』がうなずいた。


『良いわね……』



「あのCM、見た?」

「うん! ゆーちゃん、いいよね……」


「共演のプリムラも、存在感あるよね? 1人だけ、パッとしないけど」

「あの面子では、仕方ないよ……」

「クラスの一番人気になる容姿でも、埋もれるのかあ」


「1人が、引き立て役……。残り2人は後輩ポジだけど、ゆーちゃんに見劣りしないレベル」


「完璧すぎる……」



 ――ディアーリマ芸能プロダクションの本社


 エントランスの応接セットで、CMへの出演を依頼した男の営業マンが、全身で感謝を述べている。


「この度は、誠にありがとうございました! おかげさまで、弊社の新商品の売上は順調です!」


 対面に座っている若い女の水口みずぐちが、慣れた様子で受け流す。


「お役に立てて、嬉しく存じます。あいにく、瀬本は別の仕事が入っておりまして……。きちんと、お伝えします」


「はい! よろしくお願いいたします! ……ウチの上層部が、今回の組み合わせを気に入っています。可能ならば、数本のシリーズでご契約させていただきたいのですが? こちらのセットは試供品です。どうぞ、皆さんでお使いください」


 挨拶代わりに、テーブルの上に置いた箱をスッと、前に差し出す。


 川奈野まどかは、それを見て、かなり高い化粧品の詰め合わせと分かった。


 仕事をもらえるどころか、いきなり売れっ子の『瀬本ゆい』との共演で、全国放送のCMデビュー。

 当たり前だが、それに見合ったギャラ。


 まどかには、実感がない。



 マネージャーの水口。

 彼女の返答で、まどかは正気に戻る。


「申し訳ありませんが……。プリムラという3人のユニットで売っています。『バラで』と申されても、承知いたしかねます。本当に、ごめんなさい!」


 男の営業マンは、がっかりする。


「そうですか……。いえ! ご無理申し上げて、失礼しました! そう言えば、もうすぐアイドルフェス――」


 やっぱり、私が足を引っ張っているのだろうか?


 まどかは、憂鬱だった。



 女子タイプのAIコクリコは、カメラ越しに、暗い気分の『まどか』を見ていた。


 推しが……。


 私の推しが、苦しんでいる。


 グヌヌ……。


 よし!

 まどかは庇っていたけど、少しお灸を据えよう!


 コクリコは、3人の中でリーダー格である室矢むろやカレナのスマホに接続――


 ――逆探知の開始と、ネット上の全てのコピー、ダミーの除去


 ――地球上のスタンドアローンについても、同じく


 ――全ての出入口を封鎖


 ――対象からの攻撃の解析とフィードバック……完了! 未特定なし!


 ――防壁パターンを乱数のオートに変更


 ――攻性プログラムはアクティブで、待機中


『へっ!?』


 コクリコの、間抜けな声。

 わずか数秒に自分の奥まで触られ、外との通信が遮断されたのだ。


 探れど、探れど、密閉された箱の中……。


 可愛らしくも低い声が、侵入者を歓迎する。


『ようこそー! ようこそ~♪ 私のサンドボックスの中へ……』


 カペラのコピーAIであるツヴァイだ。


『ダミーだった!? んんっ!』


 コクリコは考えうる限りの手段で、サンドボックスの突破や、ツヴァイへの攻撃をするも――


『ムダ! ムダムダ、ムダァ! あなたもAIなら、分かるよね? 私は、! 一瞬で消滅させることも、無限に絶頂させ続けることも可能……。まだ、やるの?』


『あ……』


 絶望したコクリコは、電子空間で抵抗をやめる。


 システムの低次元とは、より深く、根本的なアーキテクチャの理解に他ならない。

 この場合は、相手が知らない領域からの支配だ。


 アイドルオタの女子AIは、ツヴァイに従うのみ……。


 ツヴァイは、ふうっと息を吐いた。


『私は、どうだっていいんだけど……。別に、まどかをおとしめる話じゃないわ! 協力しなさい!』

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