第56話 深夜の駐在所にて……

 山奥にいる集団は、異常な雰囲気。


 わずかな照明で座っており、遭難しているようにも見えるが――


「奴らは殺されたか……」

「生贄がいなくても、やれる!」


 その言葉に、他の者たちが一斉にうなずいた。


「我ら『深淵を覗く者たち』は、ここから世界を混乱と破壊に戻す!」


 立ち上がり、地面に魔方陣を描き出した。



 ――30分後


 魔法陣から現れた、車の半分ほどの大きさで、燃えている炎の輪。

 同じ大きさで3つあり、同じ中心で1つの球体を描くように、それぞれ動き続けている。


「ス、スメノース!?」

「早く、魔法陣に封じ――」


 ボオオッと炎の触手を伸ばした外なる神は、あっという間に、魔術師や邪神の教団員を呑み込み、取り込んでいく。


「助け――」


 最後の1人を吸収したスメノースは、粘土をこねるように、集団の体を弄り出した。



 ◇



 4人のオタクが暴走した挙句に襲われ、槇島まきしま睦月むつきが救出したことを知らない、美須坂みすざか駐在所。


 そろそろ、深夜に差し掛かる。


 玄関にある交番と同じオフィスでは、事務デスクに肘をついて、自分のスマホを弄っている萩原はぎわら一吾郎いちごろうがいた。

 警察官の制服と装備を身に着けている。


 自分1人であることから、ボソッとつぶやく。


「早く、明日が終わらねえかな……」


 事務用の椅子にもたれれば、ギシッと嫌な音。


 一吾郎は、応援でやってきた警官のグループを泊めている。

 神社のお祭りは明日も続くため、豪華な食事と酒でもてなした。

 空き部屋の雑魚寝だが、民宿の代わりに……。


 これぐらいの接待をしなければ、逆恨みをされる。

 むろん、一吾郎の自腹だ。


 駐在の警官は、昼だけの日勤。

 けれど、深夜に電話が鳴り、対応してもらった日には、どう思われるやら……。


 早めに数時間の仮眠をとり、こうやって、入れ違いの不寝番。

 そうすれば、自宅に居座っている応援の奴らの相手も、最小限で済む。


「繁華街がないから、楽といえば楽――」

 プルルル


 ガチャッ

「はい、美須坂駐在所! 緊急でなければ、明日の対応に――」

『この時間帯にすぐ出るとは、感心なことだな? 本庁の片桐かたぎりだ』


 低い、男の声。


 背筋がゾクッとした一吾郎は、座ったままで、背筋を伸ばした。


「お、お疲れ様です! どのような、ご用件で?」


『君は……そうか、今は公務中だったな! 今ネットで、とある動画が注目されている。例の槇島まきしま睦月むつきが出演して、御神刀を使ったようだ。真偽はともかく、刃物を振り回していたことは事実のようだから、その現場を押さえつつ任意同行で引っ張れ!』


 こんな夜中に、無茶を言うな!


 心の中で叫んだ一吾郎は、胃が痛くなる思いで説得する。


「お、お言葉ですが……。ここは、住人同士が監視し合っている町でして……。今の時点で通報がないため、現場は周りに人家がないエリアだと思われます。山と同じで遭難する場所ゆえ、深夜に探しても特定すら難しいです。それに、明日も祭りが予定されており、そのメインイベンターの槇島が拘束されれば……」


『ふむ……。そうだな。今はリスクが高いか……。分かった! 明日の朝から、槇島の動きに注意してくれ! 祭りが終わったら、槇島に同行を願う。……私も行くから、安心したまえ』


 言うだけ言った片桐は、電話を切った。


 長く息を吐きながら、卓上の固定電話に受話器を置く。


「何なんだ、本当に――」

 ギィッ


 今度は、正面のドアが開かれた。


 コツコツと入ってきたのは、スーツを着た若い男。


 優しい雰囲気で、話し出す。


「失礼します……。こちらに駐在の萩原さんは、いらっしゃいますか?」


 立ち上がった一吾郎は足早に歩き、来客用のカウンターの椅子に座りながら、肯定する。


「俺ですよー! あ、そこに座ってください! ……どうしました? 紛失か、盗難ですか?」


 会釈した後に、座った優男。


 彼は、1枚の名刺を取り出した。


菅原すがわら法律事務所 菅原良盛よしもり


 緊張した一吾郎は、相手を観察しつつ、尋ねる。


「弁護士の先生が、どういった用件ですか?」


「私は、槇島睦月さんの代理人です。正式に委任を受けました……。ネットでバズっている……ああ、『注目されている』と言うべきですね! その動画で槇島さんが迷惑に感じており、相談に参った次第でして」


 一吾郎が恐る恐る、質問。


「槇島さんが、撮影させたんですか? 『御神刀を使った』といううわさも出ているようですけど……」


 笑みを浮かべたままの良盛は、あえて答えない。


「萩原さん……。世の中には、人間が触れないほうが良い領域もあるのです。先日の多冶山たじやま学園は痛ましい事件でした……。話が逸れましたね? 今後の槇島さんへの問い合わせは私が窓口となりますので、ご承知おきください」


 良盛は、立ち上がった。


 最後に、アドバイスをする。


「槇島さんは、日本の四大流派である千陣せんじん流と桜技おうぎ流の重鎮です。かく言う私も、桜技流の関係者……」


 出口へ向かった良盛は、途中で振り返った。


「仮に『御神刀』と呼ばれる物があれば、それは桜技流にとっての神域でしょう。……賢明な判断を期待します」


 最後だけ、低い声になった良盛は、今度こそ、駐在所から出ていった。


 すぐに、ブロロと車のエンジン音が響き、遠ざかる。


 一吾郎は残された名刺を見たまま、ポツリと呟く。


「俺……前世で、何か大罪を犯したのか?」


 もはや、どう動いても、誰かを怒らせる。


 しかしながら、明日の朝までは、平穏な時間を過ごせるだろう。

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