第55話 紫電一閃・乱舞

 山奥で誰も通りかからない、祭りが終わった夜。


 犬のような顔で二足歩行の食屍鬼グールたちが、よだれを垂らしながら走り出す。

 ひづめのように割れた足は、むき出しでも十分な機動力を発揮した。


 グールの晩ごはんとなった、1人のオタク。


 彼は小さな悲鳴を上げながら、背を向けて走り出すも、そのスピードはあまりに遅かった……。


 残り3人のオタクが思わず、グールたちの進路から退いたのは、責められないことだ。



 グールの両手は、刃物と同じカギ爪。

 人から変貌することもあり、耐えがたい臭さと異様な肌が目立つものの、立派な神話生物。


 サブマシンガンを持つ警察隊ですら、負けたのだ。


『ガアァアッ!』


 グールは雄叫びと共に片手を振り上げ、同時に、その先にあるカギ爪も哀れなオタクを切り裂こうときらめく。


 暗闇を走ったせいで、つまずいてコケた獲物。


 そのまま、振り下ろし――


「紫電一閃いっせん……乱舞」


 どこからか、女子の声がした。


 それを聞いた兵士の一部が、両手でアサルトライフルを構える。


 まだ冷静なグールも、きょろきょろと、周りを見た。


 地面に倒れ込んだオタクにカギ爪を振り下ろしたグールは、手応えがないことに気づく。

 そちらの腕を見れば、肩の近くで切り飛ばされ、切断面から燃えるように消えていく途中だ。

 紫の炎は瞬く間に広がり、グールの片腕が地面に落ちる前に、燃やし尽くした。


 ――切られたのか?


 ――いつ?


 痛みを感じるよりも、困惑するグール。

 だが、それを考える時間は与えられなかった。


 ズルリと傾き、落ちていく、自身の首……。


 片腕と首を切られたグールは、首の切断面から広がった紫炎により、薄紙よりも早く燃え尽きる。


 獲物のオタクに迫っていたグールも例外なく、紫炎で滅ぼされた。


 小銃を構えていた兵士の1人が、それを成した人影を見つける。


「誰だ!」


 遅れて、他の兵士たちも銃口を向けた。


 

 紫色に光る刀身は短く、脇差わきざしと呼ばれるもの。

 暗闇に溶け込むあい色の小袖と黒袴くろばかまだけなら、すぐ見つけられなかった。


 その人物は白足袋しろたびの上から履いた草鞋わらじを地面に滑らせつつ、切っ先の向きを変えた。

 小柄だが、その和装からも、紫色の電気がバチバチと放たれている。


 茶髪のショートヘアで、毛先が跳ねたまま。


 童顔にある琥珀こはく色の瞳は、ジッと敵を見据えている。


「いると思ったんだよね! 多冶山たじやま学園の残党が……」


「む、睦月むつきちゃん!?」


 オタクの叫びが、彼女の正体を告げた。



 雲が途切れたことで、月光が槇島まきしま睦月の姿を照らす。


 天装を身に着け、御神刀の百雷ひゃくらいを解放した彼女は、昼とは打って変わって神々しい。


 地味な色だ。

 昼の巫女服のほうが、よほど立派。


 しかし、全く違う。


 違うのだ……。



 その神威にプレッシャーを感じた兵士は、一斉射撃。


「撃――」

「遅いよ……」


 地面から出た、無数の光。


 その紫電は、かつての室矢むろや重遠しげとおと同じで、自身の敵を一瞬で切り裂く。


 立っている睦月が広げた反物たんもののように、それは優美だった。

 彼女を中心に咲いた、花のよう……。


 地面の下に伸ばしていた、紫色に光る反物は、その上にいる敵兵をレーザーのごとく切り刻んだ。


 ボトボトと小銃や肉片を落としつつ、まだ生きていた兵士の1人が母国語らしき言葉で何かを言った。

 そのまま絶命する。


 意味が分からずとも、恐れを感じていることは分かった。


 睦月は、ボソリとつぶやく。


「重遠のほうが、もっと強かったよ?」

 


「覗き見は、あまり好きじゃないんだよね……」


 片手で持つ脇差。


 その切っ先を下ろしていた睦月は、おもむろに片足を踏み込みつつ、夜空にヒュッと振り抜く。


 その意味が分からないオタク4人を後目に、今度は血振りの風切音を響かせた後で、ゆっくり納刀。



 紫の光が消えて、虫の音や鳥の鳴き声が、戻った。


 睦月は左腰に刀を差したまま、オタクたちに向き直る。


 我に返ったオタク4人は、彼女の傍に駆け寄った。


「た、助かったでゴザル!」

「ひょっとして、それが御神刀? すごいね!」

「こいつら、何だろう?」

「早く、警察を呼ばないと!」


 興奮したように叫ぶ、オタクたち。


 その様子を眺めた睦月は和装のままで、顔をしかめた。


「ところで――」


「ありがとう! このお礼は、ちゃんとするから!!」

「いきなり押しかけて、悪かったでゴザル!」

「き、如月きさらぎちゃんは!?」


 ため息を吐いた睦月は、ハンディカメラを構えているオタクを見た。


「あのさ? いい加減に、そのカメラを向けるの、止めてくれない?」


 カメラ目線になった睦月を見たオタクは、慌てて『撮影中止』のボタンを押した後に電源を切る。


「ご、ごめん! ……やっぱり、マズかった?」


 まともに思考できる状態ではなく、惰性でカメラを向けていた。


 しかし、さっきの境内で、しのびに脅されたばかり。


 他の3人が、記録係を責める。


「ちょっ! それは、シャレにならんでゴザルよ!?」

「僕は反対したんだけど!」

「あの……。こ、今回の映像は消すから、それで何とか――」


 ハンディカメラを弄っていたオタクが、悲鳴のような声を上げる。


「うわあぁああっ!?」


 泣きそうな表情に、その場の全員が注目した。


 カメラを持つオタクは、ガタガタと震えながら、説明する。


「こ、これ……。生配信だった……。ぜ、全部、ネットで中継されていたっぽい」


「は?」

「え、マジ!?」

「待って、待って……」


 血の気が引いた4人は、睦月のほうを見た。

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