第54話 夜に訪れた禁断の花園(後編)

 桜技流の暗部である、忍者たち。


 烏衆からすしゅうに囲まれたオタク4人は、蛇に睨まれたカエルだ。


 前に立つしのびが、説明する。


「この明山あけやま神社と末社まっしゃ槇島まきしま神社はどちらも、物騒なご利益ではありませぬ。しかし、神社によっては縁切り、他人を呪うなど、うかつに触れないほうが良い逸話も……。たとえば、他人を呪っている現場を見られたら、自分に呪いが返ってこないよう、あるいは自分の名誉を守るために、その者を襲うのです。まして、映像で撮られているとなれば」


 ゴクリとつばを飲み込む、オタクたち。


「心霊スポットへ行き、霊障が出た、呪われたとも、ありますよな? それらも、『自分たちに、そうなる心当たりがある』と思い込むから……。全てがそうとは限りませんが、できれば、心穏やかに過ごしたいもの」


 観光ガイドとなった忍は、結論を述べる。


「槇島の御姉妹ごしまいは、お休みでございます……。明日のお祭りに、また参られよ。槇島さまも、それを望んでおられるでしょう」


 親しみやすい女神とした槇島睦月むつきたちにも、一定の非はある。

 それゆえ、このような対応に……。


 だが、話していた忍は、最後に釘を刺す。


「今回は槇島神社の本殿に入ってないゆえ、見逃します。仮に入っていた場合は、我らや槇島さまを信奉する者たちが、しかるべき対処をしたでしょう。くれぐれも、お気をつけください」


 具体的な制裁は、何も伝えず。


 言い終わった忍は、シャッと掻き消すように立ち去る。


 他の忍者たちも同じように、高速移動。


 暗闇の中に、オタク4人が取り残された。


「た、助かったで、ゴザルか?」

「……そうだと、思う」


「カメラを奪われなくて、良かった……」


「い、今の、忍者だよね?」


 思わず、その場でへたりこむ。


 夢だったのか? と思うも、下には忍者が立っていた凹み。


 けれど、すぐに焦り出す。


(まずいでゴザルよ!)

(早く帰らないと……)

(他の人に見つかったら、明日は来られない)

(い、行こう!)


 立ち上がった4人は人目を気にしながら、暗闇の境内から石段へ。


 地上に降り立ち、ようやくホッとする。


「早く戻って、寝るでゴザルよ……」

「ビックリしたー!」

「自転車、どこだっけ?」

「ここも見回りがあるよね? 急ごう!」


 その時に、ブロロと車のエンジン音。


 ヘッドライトの灯りで、オタクたちは視界を失った。


 その車は、ブレーキ音の後で停止。


 ウィイインと、運転席の窓ガラスが開く。


「お迎えに、来ました……。乗ってください」


 忍者に囲まれた直後で、まだショック状態の4人は、『民宿はとね』の迎えだと考えた。


 傍から見れば、バカに思えるだろうが、状況によっては誰でも起こり得る被害だ。


「おお! かたじけないでゴザルよ!」

「ちょうど良かった……」

「帰りは、楽だね」

「お願いします!」


 真っ暗な夜で似たようなバンであったことも、勘違いに繋がる。


 オタク4人は側面のドアを横にズラし、自ら乗り込んだ。


 ガーッ! バンッ


 ブロロロ


 側面のドアが閉められ、動き出した車内で、オタクたちが騒ぎ出す。


「明日は、誰がカメラマンをするでゴザル?」

「本命のダンスショーだから、失敗できないよね!」

「バッテリー、予備も忘れないようにしないと……」


 楽しげに会話していたが、やがて違和感に気づく。


 いつまでも、走り続けている。


「あの……。運転手さん? 『民宿はとね』には、まだ着かないんですか?」


 陰気臭い男は、ボソボソと喋る。


「すみません……。道に迷ったようで……。いったん、降りてもらえますか?」


 言うや否や、バンはゆっくりと停車した。


 辺りは真っ暗で、地元民が行き来している車のタイヤによる跡だけ。

 山に囲まれていて、美須坂みすざか町の民宿どころか、何の灯りもない。


「え?」

「あの、困るんですけ……ど?」


 文句を言いかけたオタクは、ここでようやく、気づいた。


 そもそも、この車は何だ?


 自分たちは民宿に泊まっていて、明山神社からの送迎はサービス。

 だけど、その『民宿はとね』では、運転手がもう酒を飲んでいたと……。


 バコッ ガーッ!


 側面のドアが開けられ、外の男たちが手を伸ばしてきた。


「出ろ!」


「うわっ!」

「ちょっ……ちょっと!?」

「や、やめてください!」

「助けて!」


 オタクたちは次々に引きずり出され、地面へ倒れ込む。


 彼らが立ち上がって、周りを見れば――


 月明かりで光る、アサルトライフルを持つ兵士のグループ。

 それに、便所より臭く、両手がカギ爪になっている、犬人間の食屍鬼グールたちだ。


 1人が威嚇射撃をしようと試み、止められた。


「よせ! 音が響く! ……お前らは、こいつらを生贄にした後のパーツで我慢しろ!」


 リーダーらしき男が叫ぶも、ゴムに見える肌をしたグールどもは納得せず。


 泣いているような声で、文句を言う。


『これだけ、いる……。1人、寄越せ!』


「……分かった。お前らで、選べ!」


 リーダーの決断に、グールどもは狂喜乱舞だ。


『どいつ?』

『アレがいい!』


 ガタガタと震えるオタク達は、もはや、逃げる気力もない。

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