第34話 とある動画配信チャンネルにて……

 室矢むろやカレナはノートパソコンを操作して、動画を止めた。


 その様子を見た槇島まきしま睦月むつきが、尋ねる。


「もう、いいの?」


「ええ! あとは、彼らが全滅するだけ……。時間のムダですよ」



 槇島神社の本殿。


 睦月の住居でまだ新しい、避暑地の和テイストのような室内に、緩やかな空気が流れた。


 畳だから、そのままゴロゴロできる。



 座っているカレナが、最新のスマホを手に取った。

 間髪入れず、プルルと着信音。


 その直後に指で触り、耳に当てた。


「もしもし?」


 驚いたように息を呑む気配があったものの、男の声が響く。


『っ! ……け、刑事部の三原みはらです。今、時間は大丈夫かな? ……例の多冶山たじやま学園だけど、いよいよ突入する! 隣の県警は後詰めを合わせて機動隊の1個大隊を動員……。彼らは本気だ! それで、隣接する僕らにも正式な応援要請があった。「お前らだけ高みの見物をしているんじゃない!」という話で、周囲の封鎖と、万が一の場合には突入する役目。……ここからが本題で、申し訳ないんだけど――』


「頑張ってくださいね? では……」


 あっさりと述べたカレナは、まだ聞こえている声に構わず、スマホの画面に触る。


 流れるように捜査情報が漏えいされ、同じく、水のように受け流された。



 電話は切れたが、カレナは再び耳に当てた。


 どこかへ繋がった後で、不思議な言語を口にする。


「テケケ! リリリ……テケリリ――」



 思っていたよりも短い通話で、スマホを置いたカレナは、ふうっと息を吐いた。

 

 横で座ったままの睦月は、質問する。


「で、どうするの?」


 同じく座っているカレナは、睦月を見たまま、微笑んだ。


「夏にはまだ早いですが、肝試しにうってつけでしょう!」



 ◇



 想像していたキャンパスライフと、だいぶ違う。


 そう思いつつ、私は一人暮らしのワンルームで目覚めた。



 大学生は自由で、どこへ行っても悪く扱われない。


 男が群がって酒とセックスに溺れる時期であるのに、どのようなイベントとも縁がない私は、自宅でため息を吐いた。


「履修登録が終わって、サークルの新歓も落ち着いて……。せっかく上京したのに、こうして動画編集や次の企画ばかり」


 女の子らしいデザインだが、狭いワンルームにある家具はどれも安物だ。



 部屋着になって、カーテンとベランダの窓を開ければ、早朝の爽やかな空気。


 外のサンダルを履き、屋外スペースに出る。


「ふうっ……。いい天気……」



 外で青空を見ることを止め、卓上のデスクトップへ。


 気分転換に冷蔵庫から持ってきた缶を口につけて、チーズをかじる。


 酔ったことで、少しばかり現実を忘れた。



「私立のマンモス校じゃ、ボーッとしていたら誰にも相手にされないよね……。あの2人がいるから、やりがいはあるけど」


 新入生として扱われる時期が終わり、サークルなどの集団はだいたい固まった。


 ついでに、目ぼしい女子大生も軒並み、酒に酔った勢いで先輩に食われた。

 高校から付き合っていた男子は、別れの言葉を聞くか、連絡がないまま秋にかけてのフェードアウトだ。



 体育会系は下積みからで、私立ならば、本気でプロを狙う経験者ばかり。

 もしくは、女目当てのヤリサー系。


 文系は文系で、人間関係が独特。


 顔見知りだけの地元から出てくれば、自分で動き、価値を示し続けることが必要。

 でも、与えられる情報が多すぎて、逆に戸惑う。

 競争相手も段違いだ。


 2年生では、講義に出席してレポートを出すというルーチンワークが続くのみ。



 ゲーム音楽らしいBGMが流れたことで、スタンドに立てかけているスマホを手に取る。


「はい……。うん、まだ……。これでも頑張っているのだから……え? 本気で言っているの?」


 スマホから、同じ女子大生ぐらいで気が強そうな声。


『そうよ! 私たちが数字をとるには、強い印象を与えないと! だから――』



 あの多冶山学園へ行って、何がいるのか、動画配信をしよう!



「いやいや……。それ、マズいよ! あそこの警察、かなりの犠牲が出たんでしょ!? ヘリも墜落したと聞くし! 元々、その学校で生徒が虐殺されたのだし。絶対ヤバいって! やめようよ、怜奈れな!」


『大丈夫、大丈夫! 実は、多冶山学園に詳しい人と連絡が取れたの! とりあえず現地へ行ってみて、無理そうなら周りで中継するか、そこらの心霊スポットを配信して終わり! 世間の注目が集まっているし、悪くないと思うけどなあ……。それとも、これを上回るネタがあるの?』


 そう言われれば、弱い。


「はあっ……。分かった! 危ないと思うか、ダメだったら、諦めてよ? で、いつ?」


『やったー! 愛しているよ、芽伊めいちゃん! えーとね、今から!』

「ハアアァアアッ!? ふざけてるの? どれだけ離れていると――」


『その人に交通費とか、もらってて……。ごめん!』


 怜奈の言い方に、私は冷や汗をかいた。


「ちょっと、待ってよ! それ、誰?」


『ネットで知り合ったけど、よく分からない……。だから、1人で現地に行くのが怖くてさ! 3人分の往復は余裕で払える金額だし。春花はるかには、もう言ってあるから』



 考えてみれば、ここが分水嶺だった。


 これが彼氏や男友達の誘いだったら、断ったに違いない。


 だけど――


 

 この他人を気にしない東京で、唯一の繋がりを失いたくなかった。


 自分だけ残って、2人が悲惨な末路になったと知るのも嫌だ。



「で、どこに集まるの?」

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