第108話 タワーヒルズ × 美少女たち × 狂乱-③

 マトリの潜入捜査官は、広域団体の構成員に成りすまし、顔なじみの売人と共にタワーヒルズの個人パーティーへ出席。


 けれど、そこへ連れてこられたのは――


 小学生と思えるほど幼い、女子2人だった。


 偽装で仲良くなった売人は立ち上がり、嬉々として、粉をテーブルに並べていく。


 これだけの量。

 一呼吸でも、鼻から吸い込めば……戻れなくなる。


 ここに至り、潜入捜査官は決意した。


 2人を助けられるのは、俺だけ……。


 目の前の女子を見捨てて、こいつらの信用を得れば、もっと深く潜り、組織を一網打尽にできるかもしれない。


 ここまで潜入するにも、金と時間を費やした。


 だが――


 ふところに忍ばせている、密造されたセミオートマチックを握り、上のスライドを後退させて、離す。


 シャカッと、小気味いい音で、初弾が装填された。



 全体を見回せるポジションの沢々さわさわ炭火すみびが、合コンの掛け声のように叫ぶ。


「では! 室矢むろやさんと槇島まきしまさんの、ちょっといいとこ、見てみたい! ハイ――」

「全員、動くな!」


 立ち上がった潜入捜査官は両手で、セミオートマチックを構えた。


 全員に、銃口を向ける。


 ポカンと口を開けたままの炭火。

 まだ状況を理解できない、ソファーに座っている面々。


 けれど、離れて座る水鳥頼みずとりらいは、冷静に指摘する。


「あんた……マトリか? お前、とんでもねえ奴を連れてきたな? 覚えておけよ」


 言われた売人は、オタオタした。


 潜入捜査官のほうを見て、なだめる。


「こんな時に、冗談は止め――」

 パアンッ!


 乾いた破裂音と、穴が開いたテーブル。


 実弾だ……。



 周りに銃口を向けて制しつつも、潜入捜査官が女子2人に叫ぶ。


「お前らは、早く逃げ……くそっ!」


 よりによって、この状況でジャムった。

 セミオートマチックは空薬莢からやっきょうを噛み込んだまま、動かない。


 片手で上のスライドを動かし、ストーブパイプを直そうとするも――


「チェックメイト! 銃を捨てろ……」


 水鳥頼と手下の2人が、リボルバーの銃口を向けている。


 それを見た潜入捜査官は、ゴトリと、銃を落とした。



 投降した潜入捜査官の近くで、銃を向けている水鳥頼は、笑い出す。


「そうだ! こいつをキメさせて、嬢ちゃん2人とやらせるか!? ……安心しな! 2人にも与えるから、ガンギマリで大喜びだ!」



「暴力は……全てを打ち砕きますね」


 ローソファに座ったままの室矢カレナだ。


 その場にいる全員が啞然としたまま、注目する。


 やがて、水鳥頼は低く笑う。


「分かっとるな、嬢ちゃん! 惜しいな……。こっち側の人間と知っていれば、俺の情婦にしたのに」


 ローソファに座ったまま、後ろを向いたカレナは、誰もいないはずのガラスの向こうへ話しかける。


「私たちと、そこのマトリは、心配いりません! 構わずに、撃ちなさい!」


 困惑した水鳥頼が、疑問の声を上げる。


「な……何を言っているんや? まだ、粉は吸い込んでないだろ――」


 外の夜景を映しているガラス壁が、次々に内側へ破裂する。


 横の一定間隔で外に通じる大穴が開き、外側の乾いた音がオーケストラのように重なった。


 ほぼ同時に、上から吊るしたロープによる兵士たちが連射したまま、飛び込んでくる。


 床に降り立った者から手早く外し、ロープがない状態へ。


 顔はガスマスクで覆われ、それ以外もダイビングスーツのようだ。

 

 一瞬にして、豪華なタワーヒルズの物件は穴だらけ、壊された破片だらけに……。


「うぶっ!?」

「げっ……」

「くそが――」


 銃を持っていた3人は真っ先に、集中砲火を浴びた。


 銃口を向けて一矢報いようと試みるも、完全に不意を突かれたうえ、彼らは兵士にあらず。


 ガシャンと銃が落ちて、本人も後に続くだけ。


 着弾の度に踊り続け、気を失いながら、倒れ伏す。



 オーナーの沢々炭火は、奇跡的に無傷。


 後先を考えず、玄関ドアへ走ったが――


「あだだだだ!?」


 背中に数十発を食らい、前へ倒れ込みつつ、四つん這いに。


 銃撃が止まるまで、突き出した尻にも同じく。


「おぶぶぶぶ!」


 尻を突き出したまま、両腕の力を失い、その場に倒れ込む。



「お、俺たちは、何も――」


 床に伏せていた奴らが起き上がり、アピールするも、反射的に撃たれ、気絶したまま床へ倒れていく。


 高所の強風が通り抜けていく広間で、コンパクトな小銃を構えている兵士たちが、それぞれに叫ぶ。


『クリア!』

『クリア!』


 隊長らしき兵士が命じれば、縦一列の数人が、それぞれのルートに取りつく。


『GO!』


 ドアを開けて、フラッシュバン。


 轟音と光が残る中に、分隊が突入していく。



 降り積もったガラスの破片を落としつつ、床から上体を起こした潜入捜査官は、全く動かずに、悠然とソファーに座っている女子2人を見る。


「き、君たちは……いったい?」


 カレナは、微笑んだ。


 現代の正義が、法に基づくものであれば。

 彼女たちは違う。


 だから、端的に答える。


「暴力が得意な者ですよ?」




『タワーヒルズの一室で、ガス爆発があり――』


 手錠をかけられ、尻が痛そうに歩く、沢々炭火。


『自宅でガス爆発があった沢々容疑者と、その場にいた数人は、薬物の疑いで逮捕され――』


 どこかの事務所で、捜査員が出てくる光景。


『厚労省の麻薬取締官による摘発で――』



 突入した特殊部隊は、魔法師マギクス


 威力を調整した空気弾だった。

 それゆえ、死亡者はゼロ!


 室矢カレナと槇島皐月さつきの2人は、彼らがマトリに手柄を譲ることで、『現場にいなかった』という扱いに……。


 炭火たちの証言は、『ヤクで幻覚を見ていた』として、片付けられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る