第107話 タワーヒルズ × 美少女たち × 狂乱-②

 成功者だけが住む、タワーマンション。

 プロの詐欺師である沢々さわさわ炭火すみびが住んでいる物件だ。


 彼が悦楽の限りを尽くしながらも、取引相手をうなずかせて、カモを騙すための商売道具。



 別世界のようなエントランスを歩く、1つの集団。


 計算された色合いと、圧迫感のない間接照明。

 床も、別格だ。


 彼らは高層へ行くエレベーターがある場所で、立ち止まった。


 その中心にいるのは、今回のオルギアで主演を務める女子2人。

 室矢むろやカレナと、槇島まきしま皐月さつき


 スーツ姿の男たちに囲まれつつも、落ち着いている。


 エントランスで待ち受けていた男3人は、炭火のケツ持ち。

 ずっと話している男が、おそらく幹部だ。


 カレナと皐月は念話により、情報共有。


『配置についている兵士は、どれも光学迷彩……。バレによる魔法だから、真牙しんが流の魔法師マギクスですね! 重遠しげとおが生きていた頃にもありました』


『あったねえ……。でも、マギクス? さっきは、マトリって……』


 マトリは、厚労省の麻薬取締官の略。

 ただし、彼らは薬剤に詳しい捜査官であって、突入部隊を持たず。


 規模が小さく、限られた行動だけ。

 対象を監視していたら、警察の担当部署に挙げられるケースも多い。


 そのため、有名な芸能人やスポーツ選手が、主なターゲット。


 おとり捜査での一時的な譲り受け。

 拳銃の携行と使用も、認められているのだ。


 ややこしいが、これとは別に、知事が任命する取締員も……。


 薬物に関しては、相手との銃撃戦になる可能性が高い。

 なぜなら、売っている連中には、元軍属や傭兵もいるから。


 軍に入ることが珍しく、人を撃つことや、切ることもない日本。

 いっぽう、子供ですら小銃を持ち、フルオートで撃つ国もあるのだ。


 彼らが対面するのは、日本であって、日本ではない光景。

 薬物汚染を防ぐ、最前線だ。



 皐月が緊張した様子で、尋ねる。


『この中に、いるの?』


『上でヤクの売人と一緒にいる1人が、です。別の広域団体の構成員を装っています。今の私たちは、人気タレントですから!』


 カレナの返事に、皐月はため息を吐いた。


『面倒だね……』


『マギクスの部隊は、マトリの外注です! 私たちが未成年だから、キメられる前に確保したいのか? あるいは、私を知った悠月ゆづき家が気を遣ったか』


 皐月を見たリーダー格が、相好を崩した。


「そっちの嬢ちゃんは、憂鬱か? 安心しな! すぐに、嫌なことを忘れられるで! ……ここじゃ、目立ちすぎるからな」


 リーダー格は立ったまま、後ろを見た。


 他の利用者はなく、彼らだけ。


 チ――ンッ


 左右に開いた、エレベーターのドア。


 後ろから追い立てられるように、カレナと皐月も中へ……。



 少しの浮遊感と、右へ動くだけの階数を示す光。


 ウキウキした様子で、リーダー格の男が叫ぶ。


「楽しみだわ! まさか、この2人とは思わなかった。クラブでブスッと刺して、そのまま持ち帰るのと、年齢が違うで!」


 カレナと皐月を連れてきた、マネージャーのせきが焦った。


「あの! その話は――」

「ええやん! もう、直通のエレベーターに乗せたんだ」



 やがて、目的のフロアーに到着。


 車が通れそうな横幅で、天井も高い内廊下を進み、沢々炭火の根城へ。



 二面が、パノラマビュー。

 東京のタワーと同じ高さに、二部屋はありそうなリビング。


 ローソファには、オーナーの沢々炭火を始めとして、SNSの画像で見た男たちがいる。


 立ち上がった炭火が、リーダー格の男に頭を下げた。


「お疲れ様です、水鳥頼みずとりらいさん!」


「よっ! スミちゃんも元気そうだな? 今日はたっぷり、楽しませてもらうわ」


 ソファの一角にどっかりと腰を下ろした水鳥頼は、勝手に1本を取り出して、吸い始めた。


 子分2人が、当たり前のように、世話をする。



 炭火は、残った集団と向き合う。


「ご苦労様です、関さん!」


「あの……約束は?」


 満面の笑みでうなずいた炭火が、同意する。


「ええ、忘れていませんよ! ……この後は?」


 言外に、この2人とヤるか? と聞いた。


「すぐに帰ります……。あとは、この人に聞いてくれ」


 関はカレナと皐月を見ないまま、命じた。


 背中を向けて、足早に玄関ドアへ。


 ソファーに座っている面々が、好き勝手に言う。


「お疲れー!」

「もったいねえ……」

「いいじゃん! その分だけ、汚れないのだから」


 上機嫌の炭火は、指を揃えた手で、中央のローソファを指さした。


「ささ! 小さなレディたちは、あちらの席へ……」



 ちょこんと座った、カレナと皐月。


 司会の炭火が、ハイテンションで宣言する。


「では、いよいよ! パーティーを始めまーす!!」


「待ってましたー!」

「ヒュー!」

「順番、どうすんの?」


 離れて座る水鳥頼が、会話に加わらない2人を見たまま、叫ぶ。


「俺のご祝儀だ! 持っている中で高いの、ドバーッと出してくれ」


 これに、女子2人を除き、拍手喝采。


「へい……」


 タワーヒルズとは不釣り合いな、ヨレヨレの服を着た男が、アウターの内側から小袋を取り出し、ソファーの前にあるテーブルの端に、歩きながら中身を置いていく。


 どこかで、シャカッと、小気味いい金属音。



 その粉の列は、カレナと皐月の前にも続いている。


 水鳥頼が、陽気に叫ぶ。


「今回の主役! 嬢ちゃん達から、やってくれ!!」


 パチパチパチ


 周りの拍手が、女子2人に催促した。



 カレナが念話で、皐月に告げる。


『潜入捜査官が、そろそろ発砲します!』

『さっきの金属音は、弾を装填する音か……』

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