第16話 カレナの逆鱗に触れた者の末路

 かつての室矢むろや重遠しげとおと同じ姿。


 動きやすい和装で紫色に光る刀身を持つ、槇島まきしま睦月むつき



 天には雷が乱舞して、その光と音が地上を席巻している。

 もはや、神話の再現だ。



 幹部の木席皮きせきがわは、怖気づいた手下に叫ぶ。


「ビビるな! ここで引いたら、俺たちは仕舞いだぞ!? しょせんは、小娘が数人だ! 室矢カレナ以外の女は、てめーらで好きにしろ!」


 その言葉に、奴らは正気に戻るも――



 次の瞬間に、一筋の雷が睦月に落ちた。


 その轟音と衝撃により、誰もが目を背け、自分の身を守る。



「あ……。あああ!? 俺の腕が!」

「なっ!」

「嘘……だろ?」


 気づけば、男たちの利き手は、その手首から切断されていた。


 ボトリと地面に落ちた銃や刃物を持った手が、現実を物語る。


 切断面が焼かれていることで、血止めに……。



 激痛が走るも、あまりに現実感がない。

 暗闇に鳴り響く雷もあって、夢の中のようだ。


 ふっと、周囲で音が消える。



 悠然と立つ睦月は、雷の色をした脇差わきざしを正面で、顔の高さに。


「この百雷ひゃくらいは、僕の御神刀だよ! 天候を操り、雷のスピードで動ける……。光の速度に対応できるわけないだろ?」


「なん……だと?」


 無事だった木席皮は、驚きの声を上げた。


 自分の手下を見るも、全員が武器を取り落とし、一緒に落ちた手首を拾い上げたまま泣き崩れるか、茫然自失の奴だけ。


 落雷を受けた睦月はその勢いで、瞬く間に、彼らの手首を切り落としたのだ。


 無自覚に後ずさる木席皮。

 全身から汗が噴き出て、高級スーツを汚す。


「お、お前ら! 引くぞ!!」


 いくら脅しが上手くても、天変地異には勝てない。


 舌の根の乾かぬうちに撤退を指示して、車の後部座席へ乗り込む。


 バタン、ガーッと、それぞれのドアが閉められ、鳴り響くエンジン音は、すぐに遠ざかっていった。




 ――木席皮の拠点の1つ


 御田木みたき市の北稲原きたいなばら町にある、廃工場のオフィス。

 明かりがついた、殺風景な場所だ。


 そこで古いソファーに座り、酒の瓶から口を離した木席皮が、大きく息を吐いた。



「兄貴!」

「お、俺たちの手首は、くっつきますよね!?」


 騒がしい子分どもに、木席皮が怒鳴る。


「うるっせえぞ!! 今、考えているんだ。ちったあ、黙れ!」



 このままじゃ、俺のメンツは丸潰れだ。

 借りを作ってでも、組を動かして――


 プルルルル


「チッ! 誰だ、こんな時に……は、はいっ! 親父、どうしたんすか!?」


 いきなり、声が裏返った。


『木席皮よォ……。お前、とんでもない奴に喧嘩を売っちまったな?』


「い、いえ! このケジメは、すぐに――」

『それは、もういいんだよ! てめーは最初からウチに関係ないってことで、ナシがついたんだから……』


 再び、全身から冷や汗。


 慌てて、言い訳をする。


「む、室矢カレナは、親父に献上しますんで! 今回は――」

『違う違う! 上から話がきたんだよ。ウチの序列で!』


「は?」


『ウチの上に話ができる奴と敵対したんだよ、お前は……。針鼠ハリネズミアイアンズのOBってことで幹部にしてやったが、もう終わりだ。そっちも、タダじゃ済まねえ……。なしで、すまん。この電話が、その代わりだと思ってくれ。そんじゃな!』


 ブツッ ツーツー


「親父!? ちょっと、待ってください!!」



 絶縁とは、二度と復帰させないこと。


 破門は、ドジを踏んだが、それを埋めるだけの貢献をすれば、復帰できる余地がある。


 この瞬間に、木席皮は終わったのだ。



 木席皮は、無機質な音を続けるだけのスマホに触った後で、放心した。


 手にした酒瓶を傾け、残った分を一気飲み。

 空の瓶を投げ捨てた。


 ガシャンと割れる酒瓶。



「荒れていますね?」



 場違いな、女子高生の声。

 その場にいる全員が注目すれば、暗闇から、室矢カレナの登場。


 目を丸くする若者グループに対して、木席皮は生気を取り戻した。


「お前……。俺に、つかねえか?」

 

 いきなりの申し出に、カレナは首をかしげた。


「何を言っているので?」


「俺は……こんな田舎で終わる男じゃねえ! てめーも、室矢でありながら美須坂みすざかにいる身だろ? あの初代、室矢重遠なんぞ、簡単に超えてやるよ!」


 木席皮にしてみれば、千載一遇のチャンスで、必死に自分を売り込むだけ。


 けれど、それはカレナの逆鱗に触れた……。



 彼女の雰囲気が変わった。


 その霊圧によって厚く積もったほこりが舞い上がり、周囲に舞い散る。

 蛍光灯のような、ブーンという高音も。


 酔っている木席皮は、怯えている手下どもに気づかず、熱心に口説く。


「だからよ……。俺と一緒に来い! さっき親父に縁切りされたが、田舎のショボい稼業なんぞ、こっちから願い下げだ!! あの槇島って奴も、見所がある! お前らにも、良い目を見させてやるから――」

「うわあああっ!」


 手下の1人が叫んだことで、口説き文句は止まった。


 怒鳴ろうと、木席皮が見れば――



 そこには、頭が下に押され続け、潰れる寸前の男がいた……。



 グシャアッ! と、頭がぺったんこ。


 人形のように、汚い床へ倒れ込む死体。



「誰が……何ですって?」


 カレナの低い声は、冥府の底から響いているようだ。


 上品なお嬢様といった雰囲気は、異常なまでに冷たく、凍り付くような圧に……。



 最愛の室矢重遠が死に、廃墟の中で朽ちるままだったカレナ。


 木席皮は知らずに、その地雷を踏み抜いたのだ。



 槇島睦月の奇跡と、その力に圧倒され、手首を切り落とされた直後。

 地元で暴れていた連中には、抵抗する気力もない。


「あああっ!?」

「待ってくれ! 俺は別にい゛ィッ……」


 突っ立ったままで全身ごと捩じられ、絞った雑巾に。

 全身を切り刻まれて、各パーツが落下。

 高熱のレーザーを浴びたかのように、内側から弾け飛ぶ。


 それらは全て、カレナの手ではなく、見えない何かによって行われた。



 気づけば、その事務所の跡には、人力では不可能な死体の山……。

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