第5話 ド田舎のスローライフ

『そう……。ともあれ、カレナお姉さまが復活して良かったわ! また、連絡してちょうだい』


 室矢むろやカレナがスマホの画面に触ったことで、アイの声は途切れた。



 見渡す限りの木々。


 避暑地のペンションと思われる、洋風のオシャレな戸建て。

 1ヶ月前には人が住めない廃墟だったとは思えないほど、綺麗だ。



 電動工具を用いたDIYで、チュウイイインと切ったり、釘を打ったり。

 壁紙も、自分のお気に入りを選択。


 職人と比べれば稚拙ちせつだが、自分で住む分には御愛嬌。

 どうせ、元は廃墟。

 売る時は、更地にすればいい。


 見た目とは異なり、重機ぐらいの力を出せるため、どんどん進めていく。

 建物の基礎については、さすがに素人では無理だから、権能で片付けた。



 その1階。

 裏庭に面したウッドデッキで、同じく洋風のテーブルと椅子にいる少女は、スマホを卓上に置いた。


 

 深堀ふかほりアイは港区の赤坂に豪邸を構えている、セレブの1人。

 カレナの妹分いもうとぶんで、海を支配している女神だ。

 外見だけなら、彼女と同じ中学生。


 現代経済にガッチリと食い込んでいて、この廃墟と周りの土地を買ってもらった。

 いわく、広さのわりに冗談みたいな安値だったそうで……。



 カレナは冷めた紅茶をポットから注ぎ、ティーカップで飲む。


 せっかくのスローライフだ。

 権能で熱くするのは、野暮というもの。


 近場で揃えた家具も、それほど高価ではない。



 周りを見れば、自作の畑に実る野菜や果物。

 季節に関係なく、カレナが食べたいものが乱立している。

 何と、小さな田んぼまで!


 そこに、連作障害や土作りの苦労は見られず。

 数日もあれば、収穫できる。


 鶏小屋では、コッコッコッという鳴き声。


 最近に作った小さな湖は、日光でキラキラと輝く。

 釣り道具の一式も。



 ピンポーン


『この区画で、自治会の組長をしているさかきです! いい加減に、顔を出してもらえませんか!? あんたも、何かあった時に困るでしょう?』


 怒気を隠さない、中年男の声だ。


 けれど、アウトドア用のテーブルについている少女は、我関せず。



 最初は玄関で応対したのだが、カレナは女子中学生の姿。

 偉そうに説教されまくり、ご近所も無責任にさえずったことで辟易する。


 こいつら、何様のつもりで?


 バタンと玄関ドアを閉めて、お帰り願った。



 今は、裏庭に結界を張っているから、回り込むことは不可能。

 涼しい顔の少女がいる場所まで、辿り着けない。


『1ヶ月ぐらい、外に出ていないようだけど? 朝もカーテンを開けないし。何か事情があるのなら、力に――』


 外の音声が聞こえないよう、片手を振ったカレナは釣り場へ移動して、ちょこんと座った。


 手慣れた様子で、虫を刺した針をヒュッと投げる。



 いちいち、人を見張っているのですか?

 ド田舎、怖すぎ……。




 しばらく待っていたが、愚痴を言いつつも、引き揚げていく組長。


 思ったようにヒットせず、カレナは立ち上がった。


 そうだ!

 ちょっと、街の商店街へ行ってみましょう!!



 新居の買い出しを除けば、ずっと自給自足だった彼女は、ようやく地元デビューをすることに。




 ――美須坂みすざか 商店街


 美須坂町は山間部の村落で、限られた平地に田んぼ。

 電車の最寄り駅に近く、外へ通じている幹線道路に面したところに、地元向けの商店街がある。


 車がなければ、日常生活で遭難する。


 そんな場所でも、カレナはアイススケートのように車道を走り、やってきた。



 初めての場所に、テンションが上がるカレナ。


 どれも個人経営の店で、年季が入った店構えだ。

 誰が買うのか、洗濯バサミで吊り下げられた値札付きの衣類も……。



 都心とは比べ物にならず、あっと言う間に終点。


 周りの人間がジッと見るか、近くの人間とヒソヒソ話をしている中でも、気にせずに歩いて回る。



 カレナは精肉店の前で立ち止まり、ショーケースの値札を見た。


 今日は、牛ステーキにしましょう!



 結論が出たことで、声をかける。


「すみませーん! この牛肉を500gください!」


 カウンターの奥で作業をしていた店主らしき男が、威勢よく答える。


「へい、らっしゃ……何だ、あんたか。悪いけど、売れるもんは――」

「あああぁああー! せ、関根せきねのおっちゃん! ちょっ! ちょっと、待って!!」


 かなり焦った様子で、女子高生の声。


 ゼーゼーと息を切らしているセーラー服の少女を見た男は、慌てて声をかける。


「ど、どうした、優希ゆきちゃん? そんなに慌てて――」

「いいから! ちょっと、こっちへ来て!!」


 スクールバッグを肩掛けした優希はズカズカと店員のスペースに入り、男を呼びつけた。

 そのまま、立っているカレナから離れて、小声の話し合い。


(あの子、睦月むつきの友達だから! 槇島まきしま神社のところの!)

(え? じゃ、あの子も?)


 2人でチラリと見た後に、また話し合う。


(たぶん……。私も最近になって、睦月と会ったから……)

(おや、そうかい? 商店街のほうじゃ、よく手伝ってくれるけどね)


 男は得心がいったように、うなずいた。


(ああ……。見るからに外人っぽいし、海外の神様?)

(それは、知らない。でも、浮世離れしているから、そんな感じかな)


 優希の返事で、精肉店の男は結論を出した。


(神様なら、しょーがない! いや、組長の榊さんが、散々に愚痴っていたから)

(連絡が遅れて悪かったけど。ウチの佳鏡かきょう家でも、まだ結論を出していなくて……。ごめん!)


 店主は、それを受け入れる。


(まあ、優希ちゃんが悪いわけじゃないし……。分かった! 睦月ちゃんの友達なら、いいんだよ。榊さんには――)

(私から言っておく! とりあえず、あの子の接客をして)



 精肉店の主人は笑顔で、カレナのところへ戻った。


「待たせたね? お詫びと言ったら何だけど、欲しい物があったら、今回はサービスであげるよ!」


「いえ、そこまでは……。この国産牛を500g、お願いします」

「あいよ!」


 返事をした男は手際よく動き、切り分けた肉を量った。


 その数字を見たカレナが、問いかける。


「700gですが?」

「オーバー分は、サービスするから! じゃあ、500gの値段で――」



 清算を終えたカレナが横を見れば、疲れ切った女子高生。


「大丈夫ですか?」


「ああ、うん……。たぶんね……」

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