第111話 もう1つのスローライフ-③

 あの一つ目入道は、現実だったのか?


 疑問に思う、せき


 しかし、自分が好意を寄せている女を守れず、無様な姿を見せたことで、改めて質問する気にならない。


 幸いにも、秋山あきやまは変わらず、自宅へ通っている。


 それで、いいじゃないか!


 心の整理をつけた関は、秋山について考える。


 自宅に来て、一日中、ずっと傍にいる。

 抱き着くものの、キスすら、お断り。


 ……古風な性格か?


 好意があっても、夫婦にならなければ、体を許さない。


 そう考えれば、辻褄が合う。


 だったら、相手の親に挨拶と、手順を踏まなければ……。



「私の両親……ですか?」


 キョトンとした顔の秋山は、2人で作った料理を口に入れた。


 食べ終わった後で、尋ねる。


「……急に、どうしたんですか?」


「そろそろ、ハッキリさせたくて……。ほら? 周りの連中も、しつこくアピールしているし。懲りないよな、あいつら!」


 消防団にいる若手は、まだ彼女を諦めていない。


 年配者も、隙あらば、セクハラ。


 大きくうなずいた秋山が、同意する。


「そーですねー! 私もいい加減に、疲れました」

「悪い……」


 ジッと見た秋山は、関から視線を外した。


「私に謝られても、困るのですけど? あなたのせい、ですよね?」


「ハハ! まあ、そうだな……。とにかく、もう中途半端な状態は嫌なんだ。……分かるだろ?」


 お前に、プロポーズをしたい。


 その意図をくみ取ったのか、ふうっと息を吐いた秋山は、断言する。


「覚悟したのなら、話を通しておきます……。その代わり、私が要求した通りで! 肝心な時に邪魔が入ったら、嫌です」


 可愛い女だ。


 関はそう思いつつ、笑って同意した。


「ああ、そうするよ!」



 ◇



 まだフリーの秋山に、ストーカーがついた。


 この田舎にいる、独身オヤジの1人。


 年の差も考えずにしつこく言い寄っていたので、ストーカーの肝汰きもたとその母親、俺たち2人が同じテーブルについて、話し合う。


 田舎の大衆食堂で、人払いをした空間。

 離れたテーブル席には、見届け人の年寄りたち。


 肝汰は見るからに不潔な姿で、主張する。


「あ、秋山さんは、僕と一緒になるべきだよ! お前は、新参者じゃないか!?」


「肝汰ちゃんも、こう言っているので……。関さんはまだお若いのだし、彼女をウチの息子に譲ってくれませんか? お願いします! この子には、もう後がないんです!! 孫の顔を見させてください!」


 頭を下げる、肝汰の母親。


 関は、女をモノ扱いするクズどもに激怒した。


「あのですね! 女性を――」

「お断りします! 肝汰くんと男女の関係になる気は、全くありません!!」


 きっぱりと宣言した秋山。


 いつもの清楚で奥ゆかしい態度とは、正反対。


 その堂々とした様子に、誰もが唖然としたまま、見た。

 

「アアア゛ァア゛ア゛ッ!!」


 満座で大恥をかいた肝汰はブルブルと震えて、大声を出すも――


「終わりだ!」

「ほら、行くぞ?」


「待てよ!? 僕の話は、まだ――」

「部屋で引き篭もりのお前に、発言する権利はねーよ!」

「こういう時だけ、大声を出すな」


「俺らも振られたってのに……」

「身の程を知れ!」

「つーか、仕事しろ」


 囲まれて、引きずられるままに、肝汰の姿は消えた。

 

 見届けていた長老の1人が、近づいてくる。


「そういうわけだから……。わりぃけど、あいつに諦めるよう、言ってくれや? あとで相談に乗るから」


 シクシクと泣き出した母親はこくりと頷き、今にも消え入りそうなまま、大衆食堂から外へ。


 長老は、残った2人を見る。


「ここまで騒ぎになった以上、とっとと結婚してくれないか? 示しがつかないんだよ」


 力強く頷いた関が、答える。


「はい! そろそろ、ハッキリさせますので!」


「おう……。頑張れや」



 ――関の自宅


 2人になり、ホッとする。


 関は今頃になって、罪悪感を覚えた。


 あの肝汰は、とんでもないクズ。

 秋山さんが啖呵を切ってくれて、胸がスッとした。


 だけど、俺も……同じだろ?


 あいつは、いい年して、親のすねをかじっているだけ。

 ストーキングは犯罪だが、とりあえず、ケジメはつけた。


 心を入れ替えて、真面目に働けば、それでいい……。


 しかし、俺は違う。


 東京の芸能プロで、あのタワーマンションに室矢むろやカレナと槇島まきしま皐月さつきを連れていき――


 もし、あの2人が自分の娘だったら……。



 ――考え直すのなら、今ですよ?


 タワマンへ向かう直前に、室矢が言っていた警告。


 それを思い出す。


 まさか、あいつは全て分かっていて……。


 寒気を感じた関は、ソファーの秋山に話しかける。


「あのさ? 俺は東京の芸能プロで、マネージャーをやっていたんだ。その時に――」

「いいんですよ、無理に喋らなくても……」


 秋山の、懺悔ざんげを許すような声音。


「え?」


「あなたは、覚悟をしたんです……。だったら、余計なことを言う必要はないでしょう?」


 そうだ。


 これから、2人で歩むのだから……。


 室矢が言っていたように、罪悪感はずっと残る。

 それでも……。


 これからの生活を大事にしていきたい。


 自分の所業は、絶対に許されないが――


「いつか……あの2人に会って、謝れれば、いいな」


「……どうしました?」


 秋山の問いかけに、関は、何でもないとだけ、答えた。

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