第110話 もう1つのスローライフ-②

 田舎で古民家に住み着いた、若い男。

 せきの住宅を一望できる高台で、腹ばいの迷彩服が2つ。


 片方は長い筒の上にあるスコープを覗き、もう片方はデジタルカメラのような機器で見ている。


「サイトB、ターゲット停止……チッ! 邪魔だな、あの女」

「スタンバイ、スタンバイ……」


 大きなレンズがついているカメラ。


 そちらの視界では、若い女の秋山あきやまが関にじゃれついている。


 知ってか知らずか、彼女が盾になっている状態だ。


「ダメだな……。撃てば、あの女に当たる!」


 姿勢を崩したスナイパーが、スコープのふたを閉めつつ、ため息。


「……わざとやってるだろ、あの女」


 レンズが光を反射したら、位置がバレる。

 そのため、基本的に閉めておく、または網目で隠すのだ。


 パートナーの観測手は、フィールドスコープを覗いたまま。


「だろうな? あっちも必死さ……。今日は無理だ! 上がるぞ?」


「ふーっ! どれだけ、かかるのやら……」



 ――関の自宅


 食後に楽しく話していた2人。


 縁側で座り、風に当たっていたら、秋山がしなだれかかってきて、ワンチャンあるか!? と抱きしめるも――


「ごめんなさい! そういうつもりじゃ、なかったの……」


 秋山は若い女とは思えない力と、人間の構造を踏まえた動きで、あっさり離れる。


 男の家に入り浸って、このスキンシップ。

 中高生ではなく、どちらも大人だろ?


 なら、どういうつもりだ?


 そう問い詰めたいが、今の関係が崩れることを恐れた関は苦笑するだけ。


「ハハハ……。そ、そっか! ごめんね?」


「い、いえ! こちらこそ……」


 立ったままで、ペコペコする秋山。


 俺に気があるのは、確かだ。

 上品だし、男に免疫がないのだろう。


 焦らずに、少しずつ距離を縮めればいい……。


 ふと、思う。


「そういえば、秋山さんって……。格闘技が得意なの? 今も、抱き合った状態から、あっさり離れたし」


「え!?」


 ギクリとした秋山は、そっと関を見る。


「ええ……。私、実は異能者でして……。高校時代は、柔道部にいました」


 納得した関は、うなずく。


「そ、そうなんだ……。すごいね!」


「フフ……。こういう場所だと偏見もありそうだから、秘密にしてくださいね?」


「ああ……」


 関は同意しつつも、強引に押し倒すのは止めようと、決意した。



 ◇



 地元の消防団で動き回り、ヘトヘトの関。


 周りの若者は、まだまだ余裕。


 男だらけの汗臭い場所に、若い女の声。


「お疲れ様でーす! 差し入れ、持ってきました!」


 とたんに、男たちが色めき立った。


「あざーっす!」

「お疲れ、秋山さん!」

「次の大会こそ、表彰されるんで!」


 地元の顔役である団長も、ニヤニヤしながら、秋山に近づく。


「ご苦労さん! ……そんなに警戒しなくても、いいんじゃないか? オジサン、傷つくなあ」


 さり気なく近づき、尻を撫でようとした団長に、小さなステップの後ずさりで距離を保った秋山が微笑んだ。


「いえ! 別に警戒していませんよ? いつも、お疲れ様です!」


 ドッと笑った、男ども。


 そのうちの1人が、茶化す。


「団長、年を考えてくださいよ?」


「うるせえっ! 次はお前だけ、ずっと走らせるぞ!? ……ハイハイ。んじゃ、空のボックスは婦人会に返しておくから!」


 数少ない楽しみを潰された団長は露骨にガッカリしたが、年老いた妻から睨まれ、観念した。


 その老婆は、秋山を見る。


「あなたは、関さんと一緒に帰りなさい……」


「はい! ありがとうございます」


 田舎では貴重な、結婚を前提にした若いカップルだ。


 くだらないセクハラで女が逃げたら、困る。



 消防団は、ポツンと立っている倉庫に、道具一式を入れた。


 新入りで若い関は、周りに押しつけられ――


「今日も、疲れたなー!」

「たまんねえよ。タダ働きだってのに……」


 部活が終わった後のように、若者たちがいる。

 手分けして道具を運び、所定の位置へ。


 彼らは、関に仲間意識を持っている……のではなく。


「次の週末に、美味い店へ行かないか? 俺が奢るから」

「ごめんなさい!」


 秋山を口説くためだ。


 二人きりで関の自宅にいるとはいえ、まだ付き合っていない。


 深々と頭を下げた姿に、絶句する男。


「はい、終了ー!」

「引きずるなよ?」

「イエーイ!」


 他の連中が、呆然と立ち尽くす男を引っ張った。


 関は、口を挟まない。

 ただし、彼女が断ったら、そこで終わり。


 これが、彼らのルールだ。



 バタン ガチャガチャ


「お疲れ」

「またなー!」


 それぞれに車があり、真っ暗な田舎道を走っていく。


「お待たせ! 悪いね、秋山さん」


「いえ、お疲れ様でした!」


 嫌な顔1つ見せず、笑顔の秋山。


 関は、自分にはもったいない女だと、感じた。


「あの……秋山さんは、俺で――」


 地面に座りたくなる、プレッシャー。


 膝が笑い出した関は、そちらを見る。


「ヒッ!」


 暗闇に、一つ目の人影。

 坊主のような服装だが、2mぐらいの巨漢だ。


 殴り倒されるだけで、死にそう。


「う、うわあ……」


 ついに座り込んだ関は、いずったまま、少しでも離れようと――


 雰囲気を変えた秋山が、一つ目入道と彼の間に割り込んだ。


 秋山は片手でベルトのように巻いていた紙の端を握り、ヒュッと振り抜いた。


 それは、鋼による刀と同じ形へ。


 つかになっている部分を両手で握りつつ、正眼の構えに。


退きなさい! ……それとも、本気で戦うの?」

 

 一つ目で睨む入道は、無言のまま、視線を逸らした。


 すうっと、煙のように消える。


 耐えきれなくなった関は、妖気によるプレッシャーが消えた瞬間に、気絶した。

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