第112話 もう1つのスローライフ-④

 祭り。

 この日だけは、無礼講!


 自分がプロポーズしたい美女である秋山あきやまは、その日を指定した。


 誰にも邪魔されない場所で、会おうと……。


 事情を知った青年団も、せきのプロポーズを応援する。


 当日の仕事をなくして、フリーに。



 遠くから、祭りの音が聞こえる。


 ドンドンと、太鼓の音も。


「あ、あのさ?」


「はい……」


 何かを待つように立つ秋山。


 正面から向き合っている関は深呼吸をした後で、いよいよプロポーズをしようと試みる。


 事前に買っておいた指輪が入っている小箱。


 それを探り当てて、握りしめる。


「俺……君のことが――」

「見つけたアア゛ァア゛ア゛ッ!!」


 狂気を感じさせる絶叫で、2人はそちらを向いた。


 そこには、引導を渡された男。

 秋山のストーカーだった、肝汰きもたがいる。


 関は彼女を庇いつつ、肝汰と向き合う。


「何の用だ!? お前はもう、秋山さんに振られただろ!」


 右手に錆びたなたを持つ肝汰は、よだれを垂らしながら応じる。


「クヒヒ……。お、おかしいと思ったんだ! スマホの催眠アプリを使っただろ!? それで、僕への想いをすり替えた!」


「は? な、何を言ってるんだ、お前!?」


 あまりにバカな発言で、関は思考停止。


 発狂している肝汰は、ジリジリと迫ってきた。


 秋山を見ながら、宣言する。


「も、もう、大丈夫だからね! 今、僕が、この催眠野郎を倒してあげるから!」


「くそっ!」


 関は、逃げるしかないと、結論づけた。


 折悪おりあしく、周りに人はいない。


 大声でも、祭りの音で聞こえるかどうか……。


「秋山さん! ここは、俺が――」

 バアンッ


 リア充だったせいか、関の頭がいきなり破裂した。


 硬い頭蓋骨は内側からポップコーンのように弾けて、中身をまき散らす。


 即席のデュラハンとなった関は、両手をだらりと下げた後にぐらりと傾き、そのまま倒れ伏した。


 どう見ても、死んでいる。


 ダァ――ンッ!


 遠くから、重い発砲音が聞こえてきた。


 周囲の山に反響して、こだまする。


「へ?」


 近くに迫っていた肝汰は、その破片と中身を浴びて、フリーズした。


 首なしの死体に、話しかける。


「せ、関さん? だ、大丈夫……ですか?」


 関は、返事をせず。


 するほうが怖い。



「あ……。参ったな、もう……」


 秋山は首を横に振りつつ、お皿を落とした直後のような感想。


 そちらを見た肝汰が、信じられない、という表情に。


「おおお、お前? 人が死んだのに……。そそそ、それが、言いたいことか!?」


 完全に、錯乱している。


 自分の物にしようとした女に、説教を始めた。


 けれど――


「い、いない!? まま、まさか、あの女は……化け物? た、助けてえええええっ!!」


 しかし、頭の破片や中身を浴びたままで、鉈を持っていれば……。



「き、肝汰!? お前、なんちゅうことを!!」

「ついに、やっちまったか……」


「ち、違う! あの女が! 化け物だったんだよおおおお!!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図になった、祭り会場。


 肝汰は『殺人の現行犯』として、逮捕された。


 動機がたっぷりで、凶器もある。

 死体の場所も、自供した。


 警察は嬉々として、送検するだろう。



 ◇



 室矢むろやカレナと、槇島まきしま皐月さつきは、とあるニュースを見ていた。


“祭りの惨劇! 男女の関係による怨恨で、関さんを殺害!? 関さんと結婚する予定で行方不明の女性、秋山さんの殺害も視野に入れて、地元の県警が取り調べ――”


 顔を上げた皐月が、突っ込む。


「会社を辞めて田舎へ逃げたぐらいで、助かるわけないじゃん……」


「ですよね? 皐月は、千陣せんじん流の宗家である千陣家の直属。さらに、桜技おうぎ流の神格です! それをガンギメにしようとたくらんで、『何も知らずに送迎しただけ!』は通用しませんよ」


 この時点で、四大流派の2つを敵に回した。


 カレナは紅茶を飲み、ティーカップを置く。


「さらに、私を知った悠月ゆづき家による、真牙しんが流の魔法師マギクスたち! これで、四大流派の3つです!」


「ヤバすぎ……」


 ケラケラと笑った皐月は、スナックを食べた。


 優雅にケーキを口に入れたカレナが、説明を続ける。


「そういうわけで、警察やマトリは関をリリースしました! 報復に巻き込まれた場合、とばっちりで殺されますから」


「ムダに死ぬのは、嫌だよね? どっちみち、ボクらを送っただけだし」


 不自然にアピールしていた秋山は、桜技流から。


 スナイパー2人は、真牙流から。


 妖怪たちは、千陣流から。


 この3つの勢力で、誰が、関を殺すのか? で、牽制けんせいし合っていたのだ。


 近くにいる秋山は、顔を見られているため、逃走経路の確保を優先。

 他の2つを警戒し続け、時間がかかった。


 暗殺したスナイパー組はヘッドショットを決めた瞬間に、思わずハイタッチ!

 マギクスと悟られないよう、実弾による対物ライフルを使った。


 いざ仕留める前で一瞬の油断を突かれた秋山には、お小言が待っているだろう。


 妖怪たちは、食い損ねたという、ストレートな反応。



 ソファーにもたれた皐月が、感想を述べる。


「幸せな最期だったんじゃない? 一瞬で脳を破壊されれば、痛みを感じなかったはず」


「これから愛する女と幸せな生活だと、思い込んでいました。ある意味では、理想の死に方ですね」


 千陣流の妖怪であれば、生きながらの踊り食いか、なぶり殺しだ。

 それと比べれば、キスも無理だったにせよ、極楽だった。


 美少女2人を売ったクズにしては、この上ない最後と言えるだろう。

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