第138話 東京上空のベニーズワルツ-③

 東京観光の水上ルートである、隅田すみだ川。

 お手軽に非日常を味わえて、学生から老人まで幅広い客層だ。


 左右の土手はしっかり整備されており、1つの観光名所。

 広い歩道に桜並木と、散歩をするだけでも楽しめる。


 今は、夜だ。

 左右に立ち並ぶ高層ビルが発する光と、夜間の衝突を防ぐための航空障害灯による目立つ光が、幻想的な雰囲気を醸し出す。


 花見のシーズンでなければ、夜に歩道を歩く人は少ない。

 日本は治安が良いものの、真っ暗で人けがない場所にいれば、襲われるだろう。


 水面はあまり動かないが、別世界の入口のような恐怖。


 この時間帯は、幻想的な夜景を見ながらのクルージングとして、観光船が多い。

 各エリアをつなぐ橋を通りすぎる場面も、見所の1つだ。


 日本でありながら珍しく「川」と呼べる広さに、揺らめくだけの水面。

 しかし、突如として、その平穏が破られる。


 戦闘機のジェットエンジン音が、あり得ないほどの低さで響き渡る。

 ビリビリと揺れる窓ガラス。

 左右の建物にどんどん灯りがつき、窓から顔を出す人も。


 隅田川の水面が、Vの字に割れた。


 有名なテーマパークで乗れるアトラクションのように、その水の壁は崩れていき、本来は濡れないはずの両岸と、川に近い建物の外壁に降りかかる。


 とある遊覧船は水面ギリギリの白い戦闘機により、大量の水をかぶった。

 外の景色を楽しんでいた面々は、いきなりずぶ濡れで面食らう。


「何だよ!?」

「ひどい……。中まで濡れてる」

「また来るぞ!」


 誰かの叫びで、他の観光客がそちらを見る。


 先ほどのジェットエンジン音と違う、周囲を威圧する音。

 

 闇夜に溶け込むミッドブルーが、一瞬で通り過ぎた。

 と思ったら、空中で急停止。


 そのボディで前方を塞ぐように、機首を空に立てた。

 すかさず、ブウウウッと重苦しい音で、プレッシャーが襲いかかる。


 ボーッ! と汽笛を鳴らしつつ、遊覧船が必死にブレーキをかけた。

 それに伴い、観光客がいるデッキも大きく揺れる。


「うわっ!」

「何なの!?」

「いい加減にしろ!」


 口々に叫ぶ人々を後目に、機首を前へ向けたミッドブルーは水面と平行のままで加速。


 一瞬で、遊覧船の視界から消えた。



「何だ!?」


 操船している場所では、船長や操舵手が目を丸くしていた。


 今のミッドブルーは、明らかにおかしい。

 飛んでいる戦闘機であの動きを行えば、失速して必ず落ちる。

 最後に加速した際は、ジェットエンジンの排気で焼かれたはず。


 いくら考えても、分からない。



 我に返った船長は、船内アナウンス。


 問題がないものの、予定を早めての接舷を告げた。



 ◇



 まるで、戦闘機を操縦するゲーム。

 夜の隅田川を飛び回り、対戦している戦闘機とのドッグファイトを楽しむ――


『あああっ! 面倒! 1秒で50発は撃ってくる機関砲を相手に、いちいち守っていられるかァ!!』


 AIのツヴァイが、『XVF-51 スター・ライトニング』のコックピットで絶叫した。


 さっきは撃たれた遊覧船の壁となり、かろうじて防いだ。

 しかし、幸運はいつまでも続かない。


 遠からず、犠牲が出る。



 広い河川へ誘い込めば、撃墜しても周辺の被害がない。


 そう思っていた時期が、私にもありました……。



『ぜんっぜん、フリーの場所がない! 大小の橋と遊覧船ばかり!? 両岸にも人がいる! わざわざ、出てくるな!』


 ツヴァイが叫んだ通り、低空の戦闘機を叩くには少し不安だ。

 撃墜できても、FOX4――どこかへの特攻――になるだろう。


 真っ暗な水面ギリギリを飛び回りつつ、機体を横にして浮かんでいる船舶を避け、斜めで橋の下を通り抜けるか、上をパス。


 熟練パイロットですら、発狂する。

 ゲームでしかありえない光景が、そこにあった。


 空中でダンスを踊っているかのように、2機は目まぐるしく位置が変わる。


 どちらかが前に出ては急上昇で、相手の後ろにつける。

 橋の下で急減速をかけて、相手を先に行かせる。

 

 同じAIのギャルソンは『XGF-1 ライトニングB』を操り、ツヴァイと遊んでいる感覚だ。

 おかげで、彼女がフォローできる攻撃に留まっているのも事実だが……。


 地上スレスレでの、アクロバット飛行。

 それと並行して、中部航空方面隊SOCエスオーシー(セクター・オペレーション・センター)との無線だ。

 今、忙しいどころの話ではなかった。 


『……やるしか、ない』


 覚悟を決めたツヴァイは初めて、自分から呼びかける。


『ツヴァイよりギャルソンへ!』

『……う、うん! 何かな?』


 戸惑ったような、男子小学生の声。


 構わずに、ツヴァイが提案する。


『1つ、ゲームをしない? どちらかの機体が行動不能になったら、負け! ただし、周辺に被害は出さない。……あなたが勝てば、付き合ってあげる! もちろん、男女の関係としてね?』


『本当!? うん、分かった! ゲームなら、制限ぐらい当然さ!』


 陸上防衛軍の太刀川たちかわ駐屯地までのルートを送信するも――


『僕のスピードを見せてあげるよ!』


 言うが早いか、ギャルソンの白い戦闘機は高度を上げた。

 隅田川の水面も、噴水のように高く舞う。


 そのシャワーを浴びつつも、ミッドブルーの戦闘機は後を追った。



 立体的なFCS(火器管制)のレチクルが表示された夜景を見ながら、ツヴァイは辟易した。


 これだから、ガキは……。



 東京の低空を舞う、戦闘機のコンビ。


 隅田川は平和になったものの、再び、市街地のドッグファイトだ。

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