第137話 東京上空のベニーズワルツ-②

 ――東京の国際空港


「燃料がある機体は、他へ回せ!」

「アプローチに入ったか、余裕がないものだけ、着陸させろ!」

「上空待機はダメだ! 最寄りの空港へ!」

「まったく、冗談じゃない!」

「……空へ上がれる時間? こっちが聞きたいよ!」


 管制塔は、ハチの巣をつついたよりも酷い。



 空港のボードは全ての飛行が止まり、出発予定時刻が『未定』に……。


 それを見上げていた利用者は、不満げ。



 管制官が本日のフライトスケジュールを放り投げて、それぞれの端末に齧りつく。


 丸いレーダー画面は、回転する度に、捉えた機体を示す。

 光点の動きを見るだけで、その混乱が伝わってくる。


 上空の旅客機から不安そうな声で、英語による無線。

 それは止むことがなく、怒鳴っている者も……。


 泣き落としで、着陸させてくれと告げてきた機長は、管制官に断られた。


「頼むから、こっちには飛んでくるんじゃないぞ?」


 誰かの一言が、全員の気持ちを代弁していた。




 ―――中部航空方面隊 SOCエスオーシー


 映画館のように薄暗い、セクター・オペレーション・センター。

 航空防衛軍の上級将校たちと、無数のオペレーターがいる。


 ポーンッと、軽快な音が響いた。


「アンノウン1、2は、東京の市街地をフライト中! 高度は、ほぼ地上スレスレです! どちらも主要な車道に沿いながら、銃撃戦を繰り広げている模様!」


「対空レーダーでは、追いきれんか……。被害は!?」


「搭載されている機関砲から出た空薬莢からやっきょうが、車列を直撃! また、車道の左右にある建物群と歩道でも、設備が壊れているようです。詳細は不明!」


「オープン回線で、アンノウン2機らしき会話! リアルタイムです!」


「こちらに流せ!」


 上級将校の命令で、AIたちの声。


『ハハハ! 楽しいね、ツヴァイ?』

『ふざけんなっ!』


 東京を荒らしている戦闘機とは思えない、暢気な会話だ。


 それを聞いた中空ちゅうくうSOCの面々は、思わず脱力する。


「なんだ、これは?」

「い、いえ! ……間違いなく、当該機からの無線です!!」


 担当のオペレーターは、急いで確認した。


 気を取り直した上級将校が、命じる。


「放送を切れ! この2機の分析は?」


「ただいま、USFAユーエスエフエー軍より連絡! 白い戦闘機は『XGF-1 ライトニングB』で、『当方の管轄にないことから撃破を許可する』とありました! 添付データ、そちらへ回します!」


 上級将校たちが、席のモニターを見る。


“ファイター形態をメインにしたMA(マニューバ・アーマー)の試作機。ネオ・ポールスターの基地で、試験中”


 ため息を吐いた上級将校は、お前らで破壊しろと、心の中でつぶやいた。


 USに請求する賠償は、政治家の仕事だ。

 我々は、こいつらを引き離す!


「以後、ライトニングBを『ボーイ』、アンノウン2を『ガール』と呼称する! こちらの呼びかけには?」


 両方の声を聞き、それに見合った呼び方へ。


 戦術モニターが更新され、それぞれのコールサインが表示された。

 どちらも敵だ。


「ボーイは、応答なし! ガールについては……」


 言い淀んだオペレーターに、上級将校が催促する。


「構わん! 答えたまえ!」


「ハッ! こちらが所属と目的を尋ねたら……『うるさい!』とだけ」


 頭痛がした上級将校は、それでも指揮を執る。


「ガールとは、話ができたのだな? そちらの行動パターンで、ボーイとの関係を述べろ! 推測でいい!」


「ハッ! 現時点で、ボーイを追いかけてのドッグファイトを行っていますが、積極的な攻撃は控えていると思われます」


「根拠は?」


「撃墜できるポジションについても、ボーイに直撃させません。何らかの攻撃をしている様子で、弾切れではないと推測!」


 その時に、ずっと見張っていたオペレーターが絶叫する。


「対象2機は隅田すみだ川に入り、同じく水面ギリギリで飛行中! げ、現在のところ、橋や船舶との接触はありませんが――」

「沿岸警備隊より連絡! 『飛行している2機について、情報と至急の対応を求む!』です」


「沿岸警備隊には、『対応中のため、退避を願う』と返信しろ! 詳細は後で伝えるとも」

「りょ、了解!」


 水の上は、そっちの管轄だろうが!


 理不尽な怒りを覚えた上級将校は、一縷いちるの望みを託す。


「ガールと話ができるのなら、コンタクトを取れ! 『ここから洋上へ行って欲しい』と――」

『今、忙しいの! それができたら、誰も苦労しないわよ!!』


 可愛らしい声が、日本の防空をしている場所に響き渡った。


 もはや、自宅で娘にウザがられている状態のまま、上級将校が告げる。


「君が……ミッドブルーの戦闘機に乗っているパイロットか? 我々は、この国を守っている者だ! その白い戦闘機を人がいない場所へ誘導して欲しい! 可能ならば、亡命の受入など最大限の協力を――」

『海上へ連れていくのは、たぶん無理! どこなら、撃墜していいの!?』


 相手のペースが分からず、手探り。

 けれども、パイロットに思えない声は、あっさり核心を突いた。


 両腕を組み、10秒ほど考えるも、良案は思い浮かばず。



 女子の声が、響き渡る。


『広いところよ! 東京からは、あまり離せない!』


「……ヘリを中心にした飛行隊がある。戦闘機を堕としても、民間への被害は最小限だろう」


『どこ!?』


「陸上防衛軍の……太刀川たちかわ駐屯地だ」


『分かった! 何とかしてみる!』


 それっきり、女子高生のボイスは消えた。



 何とも言えない空気が漂う、中空SOC。


 女子と話していた人物は、続けて命じる。


「すぐに、太刀川へ連絡しろ! 首相官邸、防衛省にも、アンノウン2機がそちらへ向かうことを通達!」


 忙しく動き出した面々。


 隣にいる上級将校が、尋ねる。


「あ、あの……司令? 陸防に押しつけるのも、どうかと……」


 ため息を吐いた男は、隣に立つ上級将校を見上げた。


「私は、広い場所を言っただけ! ……仕方ないだろう? 中央省庁と住宅地は、論外! 間違っても、国際空港とジェットルートを塞ぐわけにいかない! 歴史遺産や観光地とくれば、深夜にも人だかり!」


「そ、そうですね……」



 明日には、太刀川の飛行隊が消滅しているかも?


 その不安は、誰も口にできなかった。

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