第136話 東京上空のベニーズワルツ-①

 USFAユーエスエフエーの試作機。

 ファイターのような白いMA(マニューバ・アーマー)は、いよいよライブ会場のドームへ差し掛かる。


 低空を飛んでいるのだ。

 東京の渋滞とは、まったくの無縁!


 仕事帰りや、まだ忙しい面々のヘッドライトの列を見下ろしつつ、凄まじいスピードで飛び去った。


 停まっている車が揺れ、一部のドライバーは運転席から身を乗り出す。


 安全高度を無視した戦闘機がパスしたことで、強風が吹き荒れる。


 低いビルの屋上に置かれた物干し竿が倒れ、安っぽい椅子が吹き飛ぶ中で、煙をくゆらせていた人はびっくり仰天。


 高層ビルの間では、強烈なビル風が左右に叩きつけられ、ガラスが一斉に割れた。



 夜空を切り裂く白い稲妻『XGF-1 ライトニングB』は、アイドルフェスの会場を捉えた。


 FCS(火器管制)のディスプレイに、蛍光色での表示。


 ピ――ッ!


 ロックオンだ。


 無人のコックピットに、男子小学生の声が響く。


『ツヴァイを失った報い、お前らで――』


 アイドル衣装をまとった少女が、1人。


 巨大なドームの上に、ポツンと立っていた。


『くっ!?』


 気を取られたギャルソンは、攻撃するタイミングを逸した。


 急いで高度を上げつつ、ターンを開始。


 中のライブに負けないほどのエンジン音と、風切音。


 高度な制御ができるAIでも、今のギャルソンは冷静にあらず。


『何だってんだ!? チッ! 僕としたことが!』


 失った女子のAI、ツヴァイを連想してしまい、機銃の発射をためらった結果だ。


 いっぽう、ドームの上に立つ室矢むろやカレナは、その長い黒髪を夜空に靡かせつつ、青紫の瞳でライトニングBを見据えた。


 川奈野かわなのまどかの引退ライブとなる出番が終わり、この場にいるアイドルとファンの守護神のごとく、片手を横へ振る。


 間髪入れずに、ライトニングBの機関砲がうなった。


 ブウウウッ! という重い音で、機体の一部が光り続け、カレナの体をちぎるほどの弾丸が横殴りの雨のように――


 低速とはいえ、戦闘機だ。


 一瞬で通り過ぎたライトニングBで、ギャルソンが叫ぶ。


『今度は、やっただろ? ……な!?』


 せまい範囲でターンした戦闘機は、無傷のカレナを視認。


 ドームの部分にも、着弾した形跡がない。


『そんな馬鹿な!? くそっ! こいつ、空砲か?』


 パニックになったギャルソンは、武装を再チェック。


 そこへ、信じられない声。


『カレナ! それ、私の獲物!! 横取りしないで!』


 『XVF-51 スター・ライトニング』に乗っている、AIのツヴァイだ。


 消滅したことで、もう諦めていた女子。


 その登場に、ギャルソンは歓喜した。


『ツヴァイ!? 君かい?』


 彼女は、オープン回線に応じない。

 

 ドームの上に立つカレナが、2機のアクロバット飛行に負けず、喋り出した。


「ええ、分かっていますよ? 彼は、あなたに首ったけ。飛んでいけば、それで済みます」


 耳がおかしくなりそうな轟音で消された、その言葉。


 不思議と、ツヴァイが答える。


『はあっ……。気が進まないわ……』


 言いながらも、スター・ライトニングの機首を別の方向へ。


 従来のファイターでは、あり得ない挙動。


 ギャルソンは、対応が遅れた。


 スター・ライトニングは、従来のエンジンとは違う加速で、太平洋上へ――


『ハハッ! 君が生きていたのなら、話は早い! 先に、こいつらを叩いておかないとね!』


 白い戦闘機のライトニングBは、あろうことか、ツヴァイと違う方向へ……。


『チイイィイイッ!』


 ミッドブルーの戦闘機も空中でクルンと回転して、すかさず追いかける。


 夜の東京で、ドローンが飛びそうな高度のドッグファイトだ。


 ライトニングBの後ろにつけたツヴァイは、すぐにロックオン。


 ビ――ッ!


 ライトニングBのコックピットに、レーダー照射による警報。


 驚いたギャルソンは、思わず声を漏らす。


『えっ!?』


 シュバッ!


 一筋の青い閃光が、ライトニングBの翼端をかすめた。


 レーザーと理解したギャルソンは、姿勢を立て直しつつも、驚愕する。


『すごい……。すごいよ、ツヴァイ! どこで入手したか不明だけど、今の地球では不可能な技術だ!』


 ここで、ギャルソンは勘違いした。


 今の攻撃は、自分を誘っているのだと……。


 撃墜しようと思えば、できたはず。


 ツヴァイは市街地に爆装したファイターを堕とさないため、あえて狙いをズラした。

 それに気づけば、逆手に取ることも可能だろう。


 ともあれ、男子小学生のメンタルである彼は、夢中になっている女子が構ってくれたことで上機嫌だ。


『いいよ! こういう遊びも、たまには面白いだろう!』


 ギャルソンの機体は、イルミネーションで輝く東京を遊び場に。


 白い戦闘機のライトニングBは、高速モードから低空の対地攻撃モードへ移行。


 ファイターの下部から両手、両足のようなパーツを下ろし、広い車道に沿ったまま、低空を飛び続けた。


 お返しとばかりに、ファイターの手足が後ろを向き、そこにある機銃を発射!


 ツヴァイは制宙戦闘機のシールドバリアにより、あえて受けた。


 すさまじい衝突音が響くも、一連の銃撃で流れ弾はなし。


『冗談じゃない! いい加減にしろ、クソガキ!!』


 可愛らしい声で凄まれても、ギャルソンには心地いいだけ。



 構ってちゃんの男子小学生と、やさぐれた女子高生のベニーズワルツが始まった。


 機体性能はスター・ライトニングの圧勝でも、ツヴァイには人命を守る制約。


 分かっているのは、ギャルソンの初恋が成就しないことだけ。

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