第75話 海の女神アイリーネー

 東京の顔である駅から、ようやく外へ出た。


 青空を見た高校生グループは、人心地つく。


「やっと……駅から出た」

「もう、疲れたよ」

「お祭りと比べても、人が多い……」


「ここまで駅って、マジかよ!?」

「そ、そうだな……。どれだけ店があるんだ?」


 驚くばかりの美須坂みすざか町のメンバーに対し、東京で暮らしている女子大生の荒月こうげつ怜奈れなは不思議な生き物を見るような視線だ。


「そこまで、驚くこと? 朝のラッシュアワーを見たら、気絶しそうね。……今日はバイトのうちに入るの?」


 室矢むろやカレナが答える。


「そうですね。朝一で高速鉄道に乗って、ちょうどお昼……。明日の朝から、お願いします。残り半日は、私の妹分いもうとぶんの家に行く予定です。良かったら、ご一緒にどうですか? ランチと、先ほど述べたパティシエのケーキもありますから」


 腕を組んだ怜奈は少しだけ考えるも、同意する。


「ご馳走してくれるの? ……あ、そう! なら、お願いするわ。芽伊めい春花はるかは?」


「ええ!」

「はい! 行きましょう!!」


 食い気味に回答。



 東京駅の外周、お土産のショップや飲食店が並んでいるアーケードから、バス停やタクシー乗り場がある場所。


 カレナは槇島まきしま睦月むつきと話した後で、スマホを耳に当てた。


 すると――


 大型のバン、つまり最大14人乗りのミニバスが、ロータリーに一時停車した。

 グレーの車体で乗客が乗る部分の窓は、外から見えにくい。


 側面ドアが横へスライドして、1人の若い女が出てきた。

 ホテルの従業員にも見えるメイド服で、ロングスカート。


 メイドはつかつかと歩き、カレナの前で立ち止まった。


 スカートの両端をつまみ、片足を斜め後ろに引き、もう片方の膝を曲げつつ、頭も深く下げる。

 最敬礼のカーテシーだ。


「アイ様のご命令で、お迎えに参りました。カレナ様……」


 車に乗っている人も含め、ロータリーの全員が、その優雅な挨拶に注目した。


 いっぽう、カレナは当然のように返事。


「ご苦労様……。3人増えましたが、大丈夫ですか?」


 スッと背筋を伸ばしたメイドは、呆然としている高校生グループと女子大生3人を見回し、うなずいた。


「はい。お荷物にもよりますが……問題ないでしょう」


 待っている集団を見たメイドは、端的に述べる。


「ここには、長く停車できません。恐れ入りますが、ご協力をお願いいたします!」



 ガーッ バムッ


 側面のドアを閉めたメイドは、助手席に座った。


「お願いします」

「はい……」


 ミニバスは道路を走り、港区の赤坂へ。


 女子大生3人は目的地を知って、騒ぎ出す。


「え? ひょっとして、お金持ち?」

「私、心配になってきた」

「赤坂だと、海外の人も多いですよね……」


 それに対し、高校生グループは、外の景色を見ては驚くだけ。



 学校を思わせる正門。

 洋風のデザインで横にスライドする鉄の門扉が、その侵入を防いでいる。


 停車したミニバスは門扉が横へ収納されたことで、徐行のまま、建物に入る手前へ。


 助手席に座っていたメイドがシートベルトを外しつつ、後ろを向く。


「着きました……。皆さまには、ここで降りていただきたく存じます」



 女子大生3人も、さすがに驚いている。


「これ……迎賓館!?」

「た、大使館じゃないよね?」

「こんなところ、初めて見ました」


 住居スペースと思しき豪邸の中から、1人の少女が出てきた。


 柔らかなショートヘアで、銀髪。

 紫の瞳で、こちらを見ている。


 幼い顔立ちで、せいぜい中学生だ。

 けれど、雰囲気は大人びていて、その年齢につきものの危うさを感じられず。


「エルフみたい……」


 誰かが言った言葉が、彼女をよく表現していた。


 怜奈は住んでいる子供だと思い、声をかけようとするも――


「カレナお姉さま! 久しぶりね……。こちらに来るとは、思わなかったけど」


 銀髪の美少女が告げたことで、その機会を失った。


 カレナは小さくうなずき、周りを見る。


「前のアーバンリゾートハウスとは、違いますね?」


 深堀ふかほりアイが苦笑した。


「あれから、どれだけ時間がったと思っているの? 私も、重遠しげとおお兄さんを思い出す家には住みたくないわ……」


 女子中学生とは思えない会話に、周りは口を挟めず。



 アイは確認する。


「スティアは、もう帰ったのね?」


「ええ……。『重遠がいないし、もう帰る』と……」


 笑ったアイは下から覗き込みつつ、ニヤリとした。


「次は、私も参戦するわ! ……その約束よね?」


 伸ばしている片手が、少しだけドロッと粘液のような状態に。


「きっと満足してもらえる。海で溺れるみたいに全身を包み込んで……。フフフ♪」


 上気した顔のアイは、片手を女の部位にした後で、すぐ戻した。


 次の室矢むろや重遠しげとおは、丸呑み系の女に困らないようだ……。


 ため息を吐いたカレナは、首肯した。


「覚えていますよ……。そろそろ、入りませんか? 他の方々を待たせていますので」


 我に返ったアイは、余所行きの態度へ。


「お待たせしました。私がここの女主人である、深堀アイです! 皆さまを歓迎します。……リビングに案内しなさい。お茶の用意も」


「承知いたしました」


 何事もなかったように、メイドが会釈。


 いっぽう、女子大生の荒月怜奈は顔を赤くしたまま、コクコクと頷いた。


「あ、はい……。お、お願いします……」

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