第63話 たった1分の再会【睦月side】

「クトゥーガ……」


 同じステージに立っている、セーラー服の槇島まきしま如月きさらぎは、ポツリとつぶやいた。


 その視線の先には、異空間となった空に浮かぶ巨大な塊。

 光る小球が集まっていて、球根のような形状だ。


 全体が燃え上がっており、意志を持つかのように、その炎の先が手足のように動いている。

 まさに、生ける炎。


 普段はどこかの恒星に棲んでいて、光る小球は触れた者を発火させる『火の精霊』だ。


 このままでは、地上が燃やし尽くされる……。



 外なる神がいきなり顕現したことで、ステージの僕たちは、誰もが困惑。


 集まっている群衆もそのプレッシャーを受け、あるいは異常な空を見上げることで、燃え盛るクトゥーガを発見。


「これも演出なの?」

「うん、恐らく」


 ダンスショーの仕掛けと思われていて、まだパニックや発狂になっていない。


 けれど、滅びをもたらす邪神と知れば、我先にと石段へ殺到するか、異常な行動を始めるのだ。


 如月は、立ち尽くす僕に歩み寄った。


睦月むつき。あなたが、やりなさい!)

(う、うん……。だけど……)


 同じセーラー服を着ている僕は、こちらを凝視しているスーツ男に気圧けおされていた。


 これだけ人がいる場所で御神刀の百雷ひゃくらいを抜いて、良いのだろうか?



 オタク4人のライブ配信で御神刀による戦闘、その一部始終が映された。

 今の僕は、ちょっとした有名人だ。


 ネットの掲示板に様々なコメントが寄せられ、警察も注目している。


 その状況で、百雷を完全解放すれば……。



 傍に立つ如月が、逡巡しゅんじゅんする僕に怒った。


(睦月!)


 他のメンバーも、僕のほうを見ている。



 ゴオオォオオッ!


 クトゥーガは、上空から近づいてきた。

 見ただけで発狂する異形は、ますます、プレシャーを強める。


 全てを灰にする、その権能も……。



 限界かな?

 このスローライフ、けっこう気に入っていたのに……。


 そう思った僕は警察らしき男の視線を受けたまま、舞台衣装から一瞬で地味な色の和装に変わった。


 左腰にある脇差わきざし


 そのさやを握り、開いた右手をつかに添えて――


「誰も……見ていない?」


 険しい目つきのスーツ男も、上空を見ていた。


 釣られて、僕も見上げれば――


「やれやれ……。最近の地上は、物騒だな?」


 20歳ぐらいの、男の声。


 僕と同じ、動きやすい和装で、左腰に刀を差している。


 何もない上空で、すっくと立つ。


 短めの黒髪とブラウンアイの、典型的な日本人。

 けれど、目と全体のバランスが良く、顔立ちが整っている。


「ああっ……」


 思わず、声が漏れた。


 涙で視界がにじむも、決して背けない。


 全盛期の……室矢むろや重遠しげとおだ。



 重遠は両手を動かして、抜刀術の姿勢に。


「悪いが、地上では、せいぜい1分……。遊びはなしだ!」


 凄まじい重圧が伸し掛かってきた。

 かろうじて、人が死ぬレベルではない。


 これでも、クトゥーガに向けている霊圧の余波だろう。



 上空で対峙するクトゥーガは、その炎を一瞬で伸ばした。


 重遠を包み込もうとするも――


 立ったままで上体を低くした重遠は、ドンッと音を立てて、消える。

 一気に踏み込んだ。


 僕の視界には、体を跳ね上げつつの抜刀術で、抜きつけられる刃が見えた。


 弾丸よりも速く、その刃は下から上へ……。


 グニュウウッ


 何とも表現しづらい音の後に、右手で上に振りきったままの重遠。


 クトゥーガの巨大な球体が、左右でズレる。

 と思ったら、中心の切断面にズオオッと吸い込まれていき、あっという間に消え去った。


「言ってなかったが……。お前に使える時間は10秒ぐらいだ」


 重遠は片手の血振りで、自然に体を立てた。


 ゆっくりと、納刀。


 元の空に、戻った。



 上空に立つ重遠は、僕たちを見下ろす。


「久しぶりだな? ……すまんが、後は任せた! これ以上は危険だから」


 色々と言いたいのに、言葉が出てこない。


 涙声のまま、答える。


「うん! 分かった!!」


 重遠はそれを聞いた直後に、シュッと消え去った。


 去り際に、うわ、ヤバい! と聞こえたのは、気のせいだろうか?



 次の瞬間に、青空から一筋の雷。


 それは神社の境内に落ちるも、1人の女が現れた。

 先ほどの重遠と同じく、20歳ぐらい。


 かがんでいた女は、ゆっくりと立ち上がった。


 女向けの和装だが、下ははかまで、巫女服を豪華にしたデザイン。

 角帯に、刀を差している。


 周囲で、問いたげに見ているギャラリーを無視。


 くすみのある灰色の長い髪はストレートのままで、風になびく。

 巫女の正装は、後ろで束ねるのだが……。


 重遠よりも明るい茶色の瞳で、周りを見返した。

 童顔だが、アイドルグループの中央にいそうな美貌。


 目が合った男は見惚れて、女も呆然とする。


「タッチの差だったのでー! また、逃げられました……」


 かつての桜技おうぎ流の筆頭巫女で、重遠の妻の1人だった天沢あまさわ咲莉菜さりなだ。


 彼女は雪駄せったでジャリジャリと歩きつつ、僕のほうを見た。


 呆れたように、質問する。


「そなたは一体、何をしているのでー?」


 咲莉菜の視線は……僕の柄頭つかがしら、つまり御神刀に向けられていた。

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