第64話 女神問答

 高天原たかあまはらにいるであろう、女神の一柱。


 天沢あまさわ咲莉菜さりな

 それも、20歳ぐらいだ。


 彼女は巫女服のような衣装で、左腰に刀を差したまま、ステージ上の槇島まきしま睦月むつきを見据える。


 何をしている? の質問に答えない睦月に、ため息を吐いた。


「ふうっ……。出しなさい!」


 咲莉菜はその場に立ったまま、片手を前へ伸ばした。


 何かを受け取るように、待つ。


 剣道着のような和装の睦月は思わず、左腰から前に出ている柄頭つかがしらを隠した。


「な、何を――」

「今、そなたが隠した御神刀、百雷ひゃくらいのことですよ?」


 感情的になった睦月は、すぐに叫ぶ。


「嫌だ! どうして――」

「そなたは、抜くべき時に、抜かなかった!」


 誰もが注目している咲莉菜は、冷静にさとす。


「いざという時に銃を抜けないのなら、そもそも、銃を持つべきではありません。同じように、抜刀できないサムライにも存在価値はないので……。そなたは、さっきの存在を見ながら、御神刀を解放せず! 重遠しげとおが対応しなければ、この一帯は焦土と化したでしょう」


 そのセリフに、ざわつき始める群衆。


 睦月は自分を見上げている咲莉菜に、向き直った。


「これは……渡さない! 僕が、重遠と生きたあかしだから!!」


 咲莉菜は履いている雪駄せったを滑らせて、両足を広げる。

 ザザッと音が鳴り、上半身は両手で抜刀するべく、動いた。


「言っても分からなければ、実力行使なのでー!」


 向かい合う咲莉菜は全盛期の姿で、立派な神格だ。

 今の睦月が普通に戦えば、勝ち目なし。


 けれど、諦めるという選択肢もない。


「そこまでだ! 2人とも、銃刀法違反と、決闘の現行犯で――」


 咲莉菜の傍へ移動していた本庁のキャリアである片桐かたぎりは、スーツの内ポケットから警察手帳を出して、上下に広げたまま、声を張り上げたが……。


 瞬く間で、切っ先を見る羽目に。


 右手だけでつかを握っている咲莉菜は初めて、片桐という男を見た。


「そなたは少し、黙っていて欲しいのでー」


 相手が可愛らしい女子大生だからか、片桐は止まらない。


「け、警察にこのような態度をとって、タダで済むと思っているのか!? 今なら、罪は軽い! 君たちの御神刀をこちらに渡せ!!」


「若輩なれど、高天原の一柱である私に、よく言えたもの……。分際をわきまえろ!」


 片手で切っ先を向けたままの咲莉菜は、神威を放った。


 波紋のように広がっていく神威により、近い者から次々に膝をつく。


「……ほう?」


 一番近い片桐は、ギリギリで耐えていた。


 事務仕事がメインの彼には、限界を超えた所業。



 咲莉菜は、神威を引っ込めた。

 切っ先を下ろし、別の方角を見る。


 そちらへ左手を向けながら、ポツリと言う。


四方鎖縛しほうさばく


 虚空から光る鎖がいくつも飛び出し、山のほうから出現した化け物を縛り上げた。


 ドサッと、地に倒れ伏したのは――


 一部だけ人の姿を残した、2mほどの怪人だった。


『グアアアァアアッ!』


 ひざまずき、上体を前へ折り畳んでいる怪人は、左側へズレすぎた頭部の左半分で呻いた。


 よく見れば、頭があるべき部分にも、短い触手の先に目玉が2つほど。


 ほぼ全身が、マグマで焼けただれた岩肌と同じ。

 筋のように、真っ赤なラインも……。


「五月蠅いのでー!」


 口の部分も光る鎖で縛り上げた咲莉菜は、その怪人をしげしげと見た。


「外なる神、スメノースの憑依体ひょういたい? ああ! クトゥーガを召喚した奴らが、しくじったので!」


 咲莉菜が指摘した通り、山奥に潜んでいた『深淵を覗く者たち』が魔法陣による召喚儀式を失敗した末路だ。


 周囲の気配を探った咲莉菜は、げんなりとする。


「軽く、10体はいるので……」


 汗だくの片桐がヨロヨロとしながらも、尋ねる。


「い、今のは……巫術ふじゅつか!?」


 対する咲莉菜は、片桐を一瞥いちべつしたのみ。


 睦月のほうを向いて、最後のチャンスを与える。


「やれるので?」


 咲莉菜だけで、倒せる。

 されど、片桐に調子を狂わされたうえ、新たな乱入者。


 少しだけ、気が変わったのだ。


 ステージで立ち尽くしていた睦月は、周りの槇島シスターズと下に集まっているギャラリーの視線を浴びたまま、そっと自分の左腰に差している日本刀の柄をなぞった。


 まるで、愛撫するように……。


 左手でさやを握った睦月は親指でつばを押して、鯉口こいぐちを切った。

 上から、開いた右手を添える。


 キッと、顔を上げた。


「できるよ! この百雷があれば!!」


 右手にダラリと刀を下げている咲莉菜は、笑顔になった。


「では、彼らを斬るのは、そなたです……。発生源のほうは、わたくしが対処します」


 言うが早いか、咲莉菜は消えた。


「え?」

「どこへ行ったの?」


 周りが驚き、見回したが、どこにもいない……。



 今にも倒れそうな片桐は、まだ拘束されている化け物に構わず、ステージ上の睦月を見ている。


 その視線をまっすぐ受け止めながら――


「僕の御神刀ね……。そんなに見たければ、見せてあげるよ?」


 睦月の右手が柄を握り、ゆっくりと引き抜いた。


 普通より短い脇差わきざしは、打たれたはがねに特有の冷たい輝きだ。


 地上にいる女神の一柱は、いよいよ、百雷を完全解放する。

 右手だけでヒュッと振った後に、口上へ。


「満開……」


百花繚乱ひゃっかりょうらん十重二十重とえはたえ

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