第97話 高級料亭で話し合うJK(前編)

 川奈野かわなのまどかの据え膳デートは、つつがなく終了。


 高級ホテルで行われたバイキング。

 ファミレスとは比べ物にならない、ご馳走と値段だ。


 高校生のカップルは珍しく、多少の注目を浴びたが、絡んでくるようなヤンキーはいなかった。


 いつホテルの部屋に連れ込まれるのか不安だった『まどか』は、味の分からない食事に……。


 悠月ゆづき史堂しどうからの連絡は、世間話ぐらい。



 ――高級料亭


 都心にある、広い屋敷。

 縁側から広がる中庭は、建物の灯りで、上品に照らされている。

 

 小さな滝と、多くの錦鯉ニシキゴイ

 夜空に浮かぶ月が、池の水面にも……。


 明るく照らされた和室と縁側をさえぎるのは、薄い障子だけ。

 通気のため、二面を開放できて、他の部屋も見える。


 けれど、高級料亭は、多くの支配者に愛されてきた。


 女子高生が利用する場ではないが、四季を表現した中庭を眺められる和室に、その姿。


「ごめんなさいね? 私の立場だと、こういうお店しか、ゆっくりできなくて……。この話し合いがどうなっても、お勘定は私が持つから」


「い、いえ! ご一緒できて、光栄です!」


 どの部屋も凝った造りで、広い。

 中央のテーブルを囲むのは、女子高生2人。


 瀬本せもとゆいと、川奈野かわなのまどか。

 どちらも、ディアーリマ芸能プロダクションに所属するタレントだ。


 招待された『まどか』が、恐る恐る質問。


「あの……い、いくらぐらい?」


「うーん? 名物を押さえて、あとは適当に注文したから……。1人5万円?」


 絶句した『まどか』に、ゆいが教える。


「こういうお店は門外不出の技を持つ、専門の職人が担当しているのよ。素材の仕入れから、全てが別格……。逆に言えば、『一般が仕入れられるのは、高級店が契約していない分』というわけ!」


『失礼いたします……。お食事をお持ちいたしました』


 控えめに、女の声。

 ふすまで隔てられた、板張りの内廊下にいるようだ。


 ゆいが、答える。


「お願いします!」


『失礼します』


 スーッと、襖が開いた。


 正座をしている仲居は流れるように、頭を下げる。


「ご注文いただいた料理は全て、お持ちいたしました」


「はい! それで」



「ごゆっくり、おくつろぎくださいませ……」


 テキパキと2人分が並べられ、最後の仲居が、やはり正座をしたまま、襖を閉じた。


 その気配が遠ざかった後で、ゆいが催促する。


「さ! いただきましょう?」


「は、はいっ!」


 中央に置かれた、水炊き。


 土鍋から各自でよそい、食べていく。


「美味しい……」


 まどかの声で、ゆいは笑顔に。


「でしょう? 日本は安くても美味しいけど、やっぱり違うわ……。たまには、こういう場所で、特別な食事をいただかないと」


「成功者の特権……ですか?」


 まどかが、尋ねた。


 それに対して、ゆいは苦笑する。


「どちらかと言えば、かしら? 忙しいと、大変なの……。気軽に話せないことも、多いし! 本当に美味しい食事で1回4~5万円と言われて、『あら、お安い!』と返せる立場でなければ、成立しないけどね? 私も、仕事の付き合いで来ることが多いだけ」


 緊張した『まどか』は、思い切って言う。


「今日は……何でしょうか?」


 笑顔の『ゆい』が、答える。


「先に食べましょう……。あなたとは一度、ゆっくり話したかったの」


「は、はあ……」



 ――1時間後


 空いた食器を下げさせて、デザートの和菓子とお茶。


 すっきりしたテーブルに、化粧直しで落ち着いた女子2人。


「じゃあ……本題に入るわね? あ! 食べながらで、いいわよ?」


 ゆいの言葉に、まどかは自分の和菓子に手をつけた。


 それを見た『ゆい』はテーブルに両肘をついたまま、両手で自分の頭を支えて、ニコニコ。


 ジーッと見られた本人は、気になって、仕方ない。


「あ、あの?」


「ごめんなさい! ええっと……どう言ったら……」


 悩み始めた『ゆい』は、やがて、きっぱりと言う。


「あなた、悠月史堂とデートをしているわね?」


 ギクリとした『まどか』は、対面に座っている『ゆい』を見た。


「それが……瀬本さんに関係ありますか?」


 意外にも、しっかりした返答。


 少し驚いた『ゆい』は表情を戻し、すぐに切り込む。


「ええ! あなたとは、釣り合わないもの!」


 うつむいた『まどか』は震えながら、つぶやく。


「それを言うために、わざわざ、こんな料亭に呼び出したんですか?」


 ゆいは、高圧的な態度に。


「彼とのデートで、もう分かったでしょ? あなたとは、住む世界が違うの! 日本の経済を動かしている悠月財閥の御曹司! 金銭感覚も違えば、交友関係も段違い」


「う……あ……」


 心当たりがある『まどか』は、何も言い返せない。


 自分は、ただの庶民。

 彼とのデートで、どれだけ動範囲や考え方が違うのか、思い知らされたばかり。


 全身から汗を流しつつ、対面の『ゆい』を見た。


「でも――」

「彼を私に紹介して、あなたは身を引きなさい」


 反論を遮るように、ゆいは命じた。

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