第98話 高級料亭で話し合うJK(後編)

「え?」


 呆然とする、川奈野かわなのまどか。


 いっぽう、命じた『瀬本せもとゆい』は、和室のテーブルに頬杖をついたまま、返事を待つ。


 我に返った『まどか』が、口を開いた。


「お、お断り、します……」


 首をかしげた『ゆい』が、正座で座り直した。


「どうして? ……あ! 事務所のほうを心配しているの? 大丈夫よ! 私から、社長に言っておくわ! それとも、悠月ゆづきくんとのチャンスが惜しいの? だったら、女にしてもらいなさい! 今は社長の命令だし、彼に抱かれたと、目くじらを立てないわよ? 私は、その後でいい……。分かるわ。あれほどの男子は、そうそう――」

「違います!」


 まどかの絶叫に、ゆいは驚いた。


「悠月くんに、興味がなかったの? ごめんなさい……。だったら、私の仕事で……え、映画の監督に紹介しましょう! それとも、ドラマがいい? 今度、一緒にプロデューサーと食事でも――」

「止めてください!!」


 さらなる絶叫で、ゆいは思考停止。


 顔を上げた『まどか』は、キッパリと言う。


「どうして……そんなことを言うんですか!?」


「……え?」


 ゆいは、絶句した。


 訳が分からない。

 私は、『まどか』を怒らせるような発言をしただろうか?


 ここで、2人の価値観の違いが浮き彫りに……。


 良くも悪くも芸能界にどっぷり浸かっている『ゆい』は、まどかを喜ばせるよう、提案したつもりだ。


 けれど――


「私は! 自分の気持ちを大事にしたいんです! 確かに、最初はウチの社長の命令でした! でも、悠月くんと会って、彼に対する気持ちを自覚しました」


 まどかは思いのままに、言葉を並べていく。


「好きと言えるかは、自分でも分かりません……。だけど、あなたに……瀬本さんに、私の気持ちをどうこう言われる筋合いはないです!」


 それに対して、ゆいは声を絞り出す。


「あなたの為よ……。私に紹介して、もう忘れなさい……」


「嫌です!」


 ゆいには、全く理解できない。


「悠月くんと住んでいる世界が違うことは、分かったでしょ? 引くだけではメンツが立たないから、仕事を取れるよう、決定権がある人たちに紹介すると言っているのに……」


「その気遣いは、嬉しいです。だけど、私は……この気持ちを大事にしていきます!」


 今の『まどか』が自分の力だけで映画やドラマに出ようとしたら、マネージャーを通してキャスティングボードを握っている男に抱かれることが最低条件だ。


 けれど、人気アイドルにして女優の『瀬本ゆい』が紹介すれば、主役は無理でも、最後のクレジットで名前が出るぐらいの役はすぐにもらえる。


 たった数分でも、顔と名前を知ってもらえば、無下むげにされない。

 次の仕事につながるし、そのまま伸し上がれる。


 限られた仕事をシェアしている業界だ。


 同じ条件を提示されれば、本社のロビーで『まどか』を責めていたアイドルたちは大喜びで応じるに違いない。

 それこそ、『ゆい』に、一晩ずっと相手をしろと命じられても。


 ここでは、現場を味方につけるためなら、誰とでも寝る。という女も、普通に見つかる。


 ゆいは、枕営業と無縁だ。

 生まれ持った才能ゆえ、プリンセスのように輝いてきた。


 逆に言えば……。


 彼女は芸能界という場所で、自分を商品にすることだけ。

 好みがあっても、日常はない。


 悪く言えば、空っぽだ。


 常に誰かが望む『瀬本ゆい』を演じてきた。



「今日はご馳走をしていただき、ありがとうございました! ……失礼します」


「待って!」


 ゆいは引き留めたが、まどかは頭を下げた後で小さなバッグを持ち、歩き去った。



 和室のテーブルにつっぷしていた『ゆい』は、上半身を起こした。


 スマホを取り出して、画面に触り、耳に当てる。


 プルルル ガチャッ


「私よ……。ええ、大丈夫……。例の件、お願いね? ……表には出ないでちょうだい。詰めは、他の人にお願いしているから……。はい、さようなら」


 再び画面に触った『ゆい』は、ススッと指を滑らせる。


 タンタンッと触り、同じく耳元へ。


「瀬本です……。はい、その話で……。徹底的に、やってください……。見返りとしては……そうですか、恐れ入ります。では、失礼します」


 電話を切った『ゆい』は、自分のスマホを見たまま、ボソッとつぶやく。


「まどか……。あなたが悪いのよ?」




 ――1ヶ月後


 吹っ切れた『川奈野まどか』は、悠月史堂しどうとのデートを繰り返した。


 高校時代の思い出として……。



 ある日、登校してみれば、いつもと雰囲気が違う。


 周りの視線が気になるも、避けられている感じ。


 教室に入り、自分の席に座れば――


「川奈野さん?」


 いつもは声をかけてこない女子が、数人。


 困惑した『まどか』がそちらを見れば、薄い週刊誌が、バサッと机上に放り投げられる。


 思わず、それを見れば、衝撃的な記事が目に入ってきた。


“悠月財閥の御曹司と人気上昇中のアイドルユニット「プリムラ」の1人が、熱愛!?”

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