第8話 私の女神さま【朱美side】

 槇島まきしま睦月むつき


 私が外間ほかま朱美あけみとして、物心ついた時には彼女がいた。

 その時は、お姉さん。


 やがて彼女と同じぐらいの身長になり、幼く感じるように……。


 自由気ままに暮らしている彼女を見て、私も学校に行きたくない! とゴネたことを覚えている。



 睦月さまは、明山あけやま神社の境内にある槇島神社。

 その御神体ごしんたいだ。

 住みやすくした本殿で、のんびりと暮らしている。



 正確には女神のようで、1回だけ、彼女の力を見たことがある。

 中学生どころか、小学生と言えるほどの姿で、その時は――


 話を戻そう。


 私はその時に、睦月さまの話を信じた。


 本人としては、普通に呼んで構わないそうだが。

 もはや意地だ。


 神社の御神体は、本殿の奥に安置されるべきもの。

 一般に公開しないどころか、神職ですら触れない場合が多い。


 ところが、睦月さまは出歩き、商店街の手伝いや買い食いを繰り返す。

 お祭りでも準備をして、一緒に楽しむ。


 いや、祭りは神様をお迎えするから、参加しても良いのだけど……。



 話を聞けば、睦月様には11人の姉妹がいるそうだ。


 全国の槇島神社に散らばって、それぞれに御神体をしているとか。


 一度だけ、寂しくないのか? と聞いたら、リアルタイム通信があるからと答えられた。

 意味が分からない。



 そういえば、外間家には、明山神社で宮司ぐうじをしている父親がいる。



 前に、明山神社の奉納演舞をする時があったんだけど。


 睦月さまが姉妹を4人ぐらい呼び、アイドルグループのように見事なダンスを披露してくれた。

 恋愛をテーマにした曲で。


 それはそれは美しく、女の私から見ても神々しいものだった。


 事前にSNSで告知をしたらしく、日本全国から大勢の人が集まり、閑散としていた境内は大賑わい。


 すっかり出番がなくなった私に、お父さんはこう言いました。


『朱美! 早く、これを持って回りなさい! 授与所じゅよしょのほうは、こっちで何とかするから!!』


 判断が早い。


 お父さんの自分に集中線をつけての発言に、明山神社と槇島神社のお知らせを持ち、大声で説明しながら、境内を練り歩いた。


 その日のお賽銭とお守りのお渡しは、過去の最高記録を大幅に更新(当社比)。



 奉納演舞?


 あまりに混雑しすぎて、後日になったよ!


 ずっと練習したのにー!!



 私が会話をしなかったことで、お父さんと睦月さまの2人が、土下座しての謝罪に……。



 山奥の神社となれば、お賽銭は少ない。

 ウチも土地活用による収入で、不足分を賄っている。


 お祝いの祈祷料がメインで、地元の人たちに理解してもらうことが大切。


 そういう意味では、睦月さまの行動も十分に効果があるのだけど……。



 お父さんに、御神体が出歩いて町の人に使われるのは、いいの? と尋ねたら――


『お? 木の上にフクロウがいるね……。昼にも、起きているのか……』


 露骨に、話題をらされた。


 昔の睦月さまも、夜になったら山を駆け回っていたなあ。

 実は、フクロウ?




 中学生になった時に話していたら、室矢むろや重遠しげとおという名前が出てきた。


 私でも知っている、室矢一族の初代さまだ。


 どうやら、彼を守り、最後まで過ごしたらしい。



 その様子を語る睦月さまは、恋する乙女だった。

 彼には多くの女がいたと聞くけど、その1人と……。


 聞いていないことまで、話してくれた。

 角度とか、そういう情報はいらない。



 室矢さまの高校時代の映像があって、ちょうど文化祭だった。


 高校の内廊下にひしめく、制服の女子たち。

 決意に満ちた表情で、そこへ突っ込む、1人の男子。


 誰かが撮影したらしく、ホームビデオのようなアングルで、若き室矢さまの勇姿が記録されていた。


 女子の声が、色々と入っている。


『室矢くんコースが、2時間待ち――』

『後退すれば、反撃できないまま倒されるだけ。前へ進み、このまま突破する!』


 群れに飛び込んだ、室矢さま。

 彼はイケボでつぶやきながらも、制服を掻き分けていく。


 まるで、ビジュアル系バンドのモッシュ――客による体のぶつけ合い――のよう。



 何だ、これ……。



 室矢くんコースって、何?


 それより、興奮した女子に埋もれながらも、どうして、ロボットアニメで敵の弾幕に突っ込む主人公のような顔と発言?


 これ、怪しい撮影では!?



 うーん。


 都心の文化祭は、進んでいるんだなあ……。



 ともあれ、室矢さまが非常にモテていたことは分かった。


 これじゃ、日替わりでも、確かに追いつかない。



 睦月さまに、他の女と仲良くしているのを見て、辛くなかったんですか? と質問したら、目の光をなくしたまま、低い声で、そうだね……と答えてくれた。


 もう聞かない。



 最近になって、ここに顔を出した室矢カレナさん。


 雰囲気と睦月さまの説明から、どこかの神様と分かったけど……。


 昔の知り合いとはいえ、急に出てきて、私よりも親しげは少しモニョる。



 お父さんから、槇島神社の宮司を目指さないか? と言われているけど。


 睦月さまは、いつ、ここから出て行くか不明。

 亡くなった室矢さまが転生するか、別の理由ができたらと言っていた。


 神職の資格取得は、大変だし。


 …………


 私の女神さま。


 睦月さまが去った後は、想像できない。


 高校を卒業するまで、というか、受験勉強が本格的になる2年の冬までには、進路を決めないと。


 ずっと今の生活が続けば、いいのだけど……。



 ん?


 槇島神社のご利益?


 縁結びだよ!


 私、彼氏がいたこと、ないけど!!



 人気のスイーツのように、ここで買えない品物はお裾分けでよくもらえる。

 それが、睦月さまに仕える、ご利益かな?

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