第45話 罪と罰

多冶山たじやま学園の所有者である冷角れいすみさんが、過去の罪を告発したといううわさもありますが?』


『いやー! そんな昔のリスト、今に出されても……。だいたい、「不要だから」で「自分の子供を殺してくれ」と依頼するわけがないって! それも、全寮制の学校に! 漫画やアニメじゃあるまいし……』


『誰が、この名簿などの書類をネットに流したのか……。そちらも気になりますね?』


『自殺と死刑になった、あの凶悪犯2名がやったのでしょう? 関係者もいなくなった今、わざわざ掘り返す必要はないと思いますが……』


 テレビは、多冶山学園のニュースで持ち切りだ。


 県警で多くの犠牲者が出たうえ、子供の殺害を委託したとされる、実在する名前のリスト。

 現役の政治家、資産家、あるいは大企業の経営者……。


 ゲリラ的にアップされたことで、瞬く間に拡散された。

 もはや、火消しは不可能だ。



 ――国会


『世間では、ネットの怪文書により――』


 昔の多冶山学園にいらない子供を預け、こっそり間引きした。と見なされた政治家は、その説明と対応に大わらわだ。


 空席が目立ち、その影響がうかがえる。



 ――大企業


(社長、交代するんだって!)

(例の学園の?)

(うん! 怖いねー!)



 ――冷角家


 豪奢ごうしゃな執務室に、憔悴しきった冷角小刃斑こばむらがいる。


『議員を辞職したうえで、いさぎよく出頭したまえ! あの学園は君の所有物だ。他に、誰が公開できると言うのだね? 残念だよ。君を信じていたのに……』

「いえ、それは――」

 ガチャッ


 ツーツーツー


 小刃斑は卓上の電話で誰かと話していたが、力なく受話器を置いた。


 暴かれるはずのない、封印した罪。

 それを今さら。


「あの化け物どもが守ってくれるはず……だったが」


 人知を超えた連中が巣くっていた、この世ではあり得ない場所。


 それなのに、たった一晩でこのザマだ。


「最初は……本当に事故だった」


 しかし、それを隠蔽いんぺいしたことで、協力者の強い要望もあり、『生徒の事故死』を装うビジネスが始まった。

 こっそり聞いた家からの依頼が続く。


 完全な密室としての箱庭。


 後ろ暗い秘密を共有することでの人脈や、豊富な資金を活かし、政界へ乗り出した。

 国会にまで、辿り着けたが――


「悪いことは、できないか……」


 そもそも、私がやったことではない。

 ネットにアップされた、その委託殺人のリストも。


 だが、ネットに暴露した真犯人は分からず。

 学園に忍び込んでいた刑事と女子大生3人は、白だった。

 

 私が校長室と理事長室へ行った時にも、封印されたまま……。


 ぶちまけられたリストは、『計画殺人を依頼した』と思しき家を揺るがした。

 我が家はその主犯として、共犯の連中からも怨嗟の的。


「本当に……誰が、やったんだろうな?」


 現代のネットは、リレー形式。

 ゆえに、発信元が分からないことは原則的にない。


 密かに警察も動かしたが、『突如として出現した』という、知りたくもない事実だけ。


「ハ、ハハハ……」


 冷角家を継いだ時に、その闇を知らされた。


 公開したところで、破滅するだけ。

 逆に、その秘密を握ってさえいれば、今後も繁栄が約束される。


 ただ、役割を演じる日々。


 そこに、何の喜びもない。


 少しでも挽回するため、政治家として、子供の教育に力を入れてきたが……。



 プルルル ガチャッ


「私だ……。そうか、刑事がまた来たと……。ありがとう」


 受話器を置いた小刃斑は1本を取り出し、火をつけた。

 つい最近になって始めた習慣だ。


 グリグリと押しつけ、火を消した後でつぶやく。


「何が、出頭しろだ! こんなものを送りつけておいて……」


 役員机の上に転がしている容器を見た。

 ラベルはないが、医療用。


 要するに、これを飲んで、自決しろ。というわけだ。


 先ほどの電話は、警察に盗聴されている前提でのフェイク。

 相手にされなかったのも、事実だが……。


「私に、警察の取り調べを耐えられるだけのメンタルはない……」


 議員を辞めて、後ろ盾もなくなれば、奴らは嬉々として絞るだろう。

 拘置所に留める形で。

 温室育ちの自分が切り抜けられるとは思えない。


 自分に吐かれては、先ほどの電話の主を含めて、都合が悪い連中がいる。

 取り調べを乗り切っても、裁判の前か、獄中で殺されるだけ。


「さすがに、これも意地悪ということは……ないよな?」


 意を決した小刃斑は机上に転がしている容器に、手を伸ばした。


 その時に、1枚のタロットカードが目に入る。


「審判……ジャッジメントの正位置」


 いきなり出現したものの、小刃斑は驚かない。


 自嘲ぎみに笑った後で、タロットカードの横にある容器をつかんだ。



 ◇



 とある警察署では、送別会が行われていた。


 花束を渡された男は、その白髪から、定年退職のようだ。


「いや、どうもどうも! まさか、刑事で上がるとはね……」


 刑事課長が代表して、言葉を述べる。


「本当に、お疲れ様でした! げんさんのおかげで、ウチの面子はギリギリで守られましたよ……。本音を言えば、再編成する退特たいとく――退魔特務部隊――のアドバイザーで残って欲しかった」


「そう言ってもらえるのは、嬉しいんですが……。もう、コリゴリですよ!」



 加藤かとう源二げんじは、一般人に戻った。


 警察署の駐車場で、大きな花束を持ちながら、自分の車へ――


 見覚えのある女子中学生を見て、立ち止まる。


「世話に……なりましたな? 本当に、ありがとう……」

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